『千日の瑠璃』266日目——私は万華鏡だ。(丸山健二小説連載)

 

私は万華鏡だ。

少年世一が誰の手も借りずに、拾い集めた材料だけで素早く完成させた、青い万華鏡だ。私は子ども向けの雑誌に載っていた図解通りに作られた。但し、彼独自の工夫もひとつあった。世一は、切り刻んだ千代紙のほかに、自然に抜け落ちたオオルリの羽毛を私のなかへ入れたのだ。たったそれしきのことで私は在来のものとは大きく異なり、子ども編しのおもちゃではなくなってしまった。

世一は私の一方の端を夜空に向け、もう一方の端を右の眼にしっかりと押し当てた。私はまず、ほんの小手調べに、あまたの星々を、自ら輝けない星に至るまで見せてやった。ついで、来世の門辺に茫然と佇んで、さっぱり要領を得ない返事を反復する八百万の神々と、徒にうろたえて騒ぎ立てるしか能がない人々と、族生する筍のように逞しい日々の予測を許さぬ前途を見せた。

それから私は、まだいくらも生きていないのに海淵に沈んで魚腹に葬られる立派な漁師と、ちょっとした心配がもとで患いついた女の底無しに暗い表情と、その他多くの人畜が抱えている苦悩の数々を形象化して見せた。虚実相半ばするそうした光景のなかから、世一は本質を洞察する本能を持っていた。しかも、それを笑い飛ばしてしまう底力すら秘めていた。傍らでオオルリが警告を発した。二度と見てはならない、と鋭い声で鳴いた。すると世一は、私を押し入れの奥へ放りこんだ。
(6・23・金)

丸山健二×ガジェット通信

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