『千日の瑠璃』199日目——私は飛行船だ。(丸山健二小説連載)

 

私は飛行船だ。

宣伝広告のために製作されて、主要都市を中心に飛び回っている、小型の飛行船だ。飛行計画に無理があったのか、それとも操縦士の腕がまだ未熟のせいか、私は大きくコースを外れてしまった。そして人魂の形をした山上湖の真上に差し掛かったとき、ガスが洩れたというわけでもないのに、高度がぐんぐん下がり始めたりだ。たぶん、山と谷が造った下降気流のなかへ突っこんだのだろう。

私に気づいた田舎町の人々は、諸声にこう叫んだ。「見ろ、UFOだ!」と。それから私は湖面すれすれに飛んで横風をくらい、ふたたび高い山の方へ引き寄せられると、やっと上昇気流をつかまえて高度を上げた。寂然とした山寺から、若い僧が飛び出してきた。彼は私を仰ぎ見ているうちに、愕然たる面持ちで、肩を落とした。地べたを這いずって生きる者である限り、真の悟りは開けない、とそんな思いでも強くしたのだろうか。

また、万物を魅する魔力で私を呼び寄せたオオルリは、私がその家の屋根に触れんばかりに通過する際に、こんな質問をだしぬけに浴びせてきた。どうしておまえ自身のために飛ぼうとしないのか、とそう訊いてきたのだ。私は言い返した。籠の鳥なんぞにいちいちそんなことを言われる筋合いはない、と言ってやった。それから私は正しい気流に乗ることができ、自動操舵の機器に従って、おかしな理屈をこねる必要のない土地へと向った。
(4・17・月)

丸山健二×ガジェット通信

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