『千日の瑠璃』143日目——私は悪夢だ。(丸山健二小説連載)

 

私は悪夢だ。

これでもかと少年世一を攻め立てる、これまでのなかでも最もどぎつくて残酷な悪夢だ。私を呼び寄せたのは、顎の擦過傷だった。だが世一自身は、見知らね不良少年からだしぬけにもらったパンチのことを、ほかのどうでもいい出来事と同じように、まったく覚えていなかった。「どうしたの、その傷?」と母親が訊き、「どうせ躓いたんだ」と父親が言って、その話題は打ち切りになった。

眠っている世一のなかで、私は大暴れをした。全身に灰色の泥を塗りたくり、口が耳まで裂けた仮面をつけ、手に手にぎらぎらする刃物を持つ野蛮人を、私は総動員させた。かれらは恐ろしい威嚇の声を発して世一に迫り、かれらが犬のようにして操る大蜥蜴は、長い尾を鞭のように使って世一の足の骨を折ろうとした。揺らぎ岩がある崖っ縁へと追い詰められた世一に向って、かれらはこう迫った。「鳥だと言い張るのならそこから飛んでみせてもらおうではないか」と。私は「おまえなら飛んで飛べないことはない」と唆した。

世一は身をよじってもがいた。瞼の下で眼球が激しく震えていた。彼はやる気になっていた。世一は起きあがった。そして、窓の方へふらふらと歩き出した。彼はまだ眠っており、私に操られていた。しかし、いいところで邪魔が入った。鳥籠に躓いて倒れた世一は、はっと我に返り、私はオオルリが発する鋭い声にひとたまりもなくやられてしまった。
(2・20・月)

丸山健二×ガジェット通信

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