『千日の瑠璃』66日目——私はクレーンだ。(丸山健二小説連載)
私はクレーンだ。
高が一般住宅の棟上げのために、朝早くから現場へ行かせられた、波乱に富んだ生涯でも吊り上げてしまう大型のクレーンだ。集まった関係者は私の大活躍に見とれていた。比較的小さな家だったために、仕事は予定した半分の時間で片づいてしまった。家よりも私のほうが立派ではないか、と借家にしか住めない誰かが呟いた。よく聞く蔭口で、そのたびに私は得意になって胸をぐっと反らすのだ。
感激のあまり涙ぐんだのは、その家で暮らすことになっている新婚の若夫婦ではなく、ふたりの未来を信じて資金を全額出した、双方の親たちだった。だが、かれらはまったく気づいていなかった。与えた以上のものを奪ってしまったということを。これで若いふたりは、目的の半分と夢の半分を失ったことになる。いくら言っても言い甲斐のないふたりは、子ども同然だ。
また私の出番がやってきた。私の助けを借りて屋根の上に立った若夫婦は、紅白の餅と、五円玉入りの袋と、優越とをばら撒きながら、けらけらと笑った。世間を舐め切った甲高い笑声の下では、近所の連中や、私に吊るされて鳥を演じてみたいと本気で願う少年や、黒いむく犬を連れた男が、不様に地べたを這いずって、天から降ってくる極安の品を血眼になって拾い集めていた。屋根のふたりへの「おまえらは長つづきせんぞ」 という私の言葉は、空へと突き抜けてしまった。
(12・5・月)
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