『千日の瑠璃』65日目——私は電気毛布だ。(丸山健二小説連載)

 

私は電気毛布だ。

寒さに弱い鳥と孤独に弱い少年のために、押し入れの奥から引っ張り出された電気毛布だ。世一は鳥籠を抱えて私のなかへ潜りこみ、そして至上の喜悦を味わう。世一にとって私の暖かさは、正真正銘の幸福なのだ。世一は堪らず歓喜の声をあげ、自覚的症候を忘れ、オオルリもつられて「ああ、生き返った」と鳴き、「思い残すことはない」とさえずる。

実際危ないところだったのだ。世一がペットショップの店主の忠告を聞くのがあと数日遅れていたら、オオルリの羽は更に抜け落ちて、今頃は、取り返しのつかないことになっていただろう。私に暖められて食欲をいっぺんに取り戻した青い鳥は、世一の手から生きのいい丸々と太った虫をもらい、それをとまり木にさんざん叩きつけてからひと呑みにし、ひと際格調高い声を張りあげる。比倫を絶するさえずりは、丘の上に気高い理念の城と、おぞましい悪のダムを築造してゆく。

孤独を追い払った世一は、夜食のジャムパンを半分以上口の外へこぼしながら、むしゃむしゃ頬張る。寝食や甘苦を共にするふたりは、眼と眼を見交しながら、打ち割った話をする。世一は言う。おまえはおれに看取られて死ぬのだ、と。するとオオルリは、同じ言葉をそっくりそのまま世一に返す。それからかれらは、丘にぶつかって砕け散る風の音と私の温もりに浸りながら眠りに就き、心の陰影を巧みに避けて、あしたへと向う。
(12・4・日)

丸山健二×ガジェット通信

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