ロボットと共生する住まいの未来。介護・見守り専門ロボット「ルチア」で目指すのは
「21世紀は猫型ロボットが、あらゆる願いをかなえてくれる」と考えていた人もいただろう。だが、現実は「円盤型の小さなロボットが、部屋のお掃除を代わりにしてくれる」くらいだ。しかし生活の中で、人の代わりに動いたり、話しをしてくれたりするロボットが徐々に増えていることは否定できない。私たちの生活にロボットは今後さらに受け入れられていくのか。それに伴い、住空間は新たな環境を求めるようになるのだろうか。
東京ビッグサイトで昨年12月に開催された「2019国際ロボット展」では、「ロボットがつなぐ人に優しい社会」をテーマに、国内外から産業用ロボやIoT、AIなど関連製品や技術が集結した。なかでも人目を引いたのが、人手不足や過重労働の課題が深刻化する介護医療の現場向け「解決提案型ロボ」だ。
介護や見守り専門のロボット「ルチア」を開発した研究者である、神奈川工科大学の三枝亮准教授に、専門家から見た「ロボットと共生する未来像」について、話を聞いた。
介護医療コンシェルジュロボット「ルチア」(写真提供/筆者)
三枝准教授率いる神奈川工科大学の「人間機械共生研究室」で生み出されたロボット「ルチア」は、企業へ技術移転され「くるみ」という名で製品化されている。ルチアの持つ「夜間巡回機能」に絞り込んだもので、すでに介護施設で導入実績を持つ。
この「くるみ」は、夜間、介護施設のフロアを見回りしながら巡回し、万が一、異常を見つけると、即座にネットワークを通じて監視センターに通報する。通常ならば、夜勤の監視員数名が、夜中に定期的に巡回する仕事を、「くるみ」一台でこなす。すでに、浜松市の介護施設「社会福祉法人天竜厚生会」などの施設で役立っている。一方「ルチア」は、主に介護、医療、福祉、教育分野への先端研究を行う研究用の機体で、介護施設に加えて特別支援学校や総合病院などでも実験を続けている。
三枝氏によると「ルチアは、人とロボットが相互のやり取りを通じて、人に与えられる効能を検証するために開発した」という。
例えば、ルチアがロボットとして支援できる「歩行リハビリ」では、理学療法士がまずルチアに歩行のペースやルートなどを教え、ルチアはそれを踏まえて患者を実際に移動しながら誘導することで、歩行練習を進めることができるという関係にある。
「このように、人がルチアを育て、また人もルチアから学び、成長するような人間と機械の共生をイメージし、バリアフリーなロボットを目指しました」(三枝氏)
「不気味の谷」を意識したデザイン
ところで、ルチアの特徴はその風貌にある。まるで70年代の特撮テレビドラマ『ロボコン』に登場したキャラクターのような愛らしさがあり、足下についている車輪で移動し、顔部分に当たるモニターを通じて、人とコミュニケーションを取ることが可能だ。また体中に巡らせたセンサーのおかげで、実際にルチアを触ることで、動きを制したり、一方で寝ている人の体の変動を自動で計測したりすることもできるという。
このルチアのデザインは、人型(ひとがた)からは程遠い。その点について、三枝氏は「我々はルチアの開発をする際に、<不気味の谷>という心理学の知見に基づいてデザインをした」と話す。
「不気味の谷」とは、日本のロボット工学者の森政弘氏が1970年に提唱し、2015年にカリフォルニア州立サンフランシスコ大学の心理学者たちが実際に研究を証明した、ロボットに関する人の心理的要素を示したものだ。
三枝氏によると「人は、対象物が人の姿に近いほど親近感を持つが、人形やマネキンのように、人に似過ぎると親近感が下がり、さらにもっと人に近づくとまた親近感が復活して最高に達する」という。(図参照)(図面提供/人間機械共生研究室)
そしてルチアについては、「ペットのような動物性を残した愛らしい風貌や、動作に対して<意図的に>谷の手前に位置するようなデザインにした」と話す。実際、ルチアに対する好感度を調べたところ、拒否率は5%未満にとどまったという。(介護施設及び障がい者施設内での約3週間の実証試験において約100名の対面者(介護施設及び障がい者施設の利用者、施設職員、慰問中の幼児や児童を含む)に対して4人程度)
だが一方で、人のような指や足を持たないために、ハサミを使ったり、階段の上り下りができなかったりという不都合はあるが、存在用途がはっきりしているルチアにとっては、現状の体裁で申し分のない状況のようだ。
家や車がロボット化し、その中に人が住むという姿
そんなロボット研究の第一線にいる三枝准教授に、これから一般家庭で普及していくであろうロボットの想定される現実的な姿や用途について聞いてみたところ、「AI、センサー、モーター、インターフェースなどの各機能がネットワークで連携した<環境型ロボット>が最も現実的」とのこと。ルチアのできること一覧(撮影/筆者)
つまり、家や車が全体としてロボット化し、人がロボットの中で生活をするという形だという。それはまるで車が人と会話し、自分から行動を起こせる米国の80年代に放映された近未来ドラマ『ナイトライダー』に登場した自動車<キット>が現実になると言っても過言ではないだろう。さらに「ロボット掃除機に代表されるような、自律型ロボットは、こうした環境型ロボットの端末として残っていくと思う」と三枝氏。
では、このルチアのような小型版のロボットが、一般家庭に普及することはないのだろうか。三枝氏によれば、歩行型や、ルチアのような車輪型でない形態のロボットも十分つくることはできるというが、現実問題、莫大な費用がかかるという。「ルチアをはじめ、多くのロボットは車輪型であるために、バリアフリーに近い住空間であれば、十分活躍できる」と話すように、この車輪型ロボットが、価格とパフォーマンスを兼ね備えた今現在、最も現実的なロボットと考えられそうだ。
そのような状況を踏まえると「車いすを利用する人が生活しやすい住空間をつくり、同様の仕様を満たすようにロボットを設計すれば、ロボットが活躍できる世界は十分家庭にも広がる」と三枝氏は考えている。実際、ルチアは、成人が車いすに座っている状態と同等の重量(約60kg)、車高(約100cm)、車幅(約50cm)でできており、人の手の長さに近いアーム(80cm)を備えているという。
コストとメンテナンスがロボット導入の課題
会場で「ルチア」と撮影に応じた神奈川工科大学准教授・三枝亮氏(撮影/筆者)
現在ルチアから製品化されたロボット「くるみ」は、夜間巡回者を1名雇い入れる費用と比べると安く済むため、人手不足が否めない介護の世界では業界のニーズを満たしているという。スマートフォンや掃除ロボットが広く普及している背景にコストと価値が見合っていることがあるように、生活支援ロボットとしてルチアクラスのロボットが一般に普及するには、もっとニーズが増えると当時に、製造コストが抑えられるようになる必要がある。
そしてもう一つの課題と考えられるのが「メンテナンス」である。三枝氏によれば「現在ロボットのメンテナンスは、サービスとして成立しておらず、売り切りにせざるを得ないため、複雑なロボットが市場に出せない状況」とのこと。今後、車のように、ロボット業界も、ディーラーなどによるメンテナンスサービスや、保険サービスが事業的に成立する流れができれば、より生活支援型のロボットが我々の生活に介入してくる日も近くなると言えるだろう。●取材協力
人間機械共生研究室(SybLab)
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