「彼女を自分のモノにできたら、一泡吹かせてやれるかも」新たな恋の火種を巡り仕返しを! コミュ障、コミュ強を羨む~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

すべては彼女から…なお悔やまれる恋の痛手

憧れの女一の宮の姿を垣間見てすっかりのぼせてしまい、自分の妻となっている異母妹の女二の宮に彼女のコスプレをさせたり、なんとか直筆の手紙をもらおうと嘘までつく薫。本命は姉だけど手に入ったのは妹、だけどやっぱり満足できない――。

大君と浮舟の時と同じ構図に見事にハマり、虚しい努力に奔走する彼。もうツッコむどころかいたたまれない気もしますが、薫の作戦が功を奏し、ついに女一の宮からお手紙が届けられました。もちろん妹の女二の宮に宛ててです。

たいそう美しい筆跡を見るにつけても(もっと早くこうすればよかった!)。同時に中宮からたくさんの絵巻も送られてきたので、お返しにこちらからも絵巻を差し上げることに。当時、本や絵巻は大変貴重なものだったので、それぞれに持っているのを交換して、お互いに楽しんだんですね。

選んだうちの一つ『芹川の大将』の主人公が、物語の中の女一の宮に想いを寄せる秋のシーンがとても良く描けているのを見ても、薫は(いいなあ。彼の恋は実るのに……)。ちなみにこのお話がどんな内容かは、現在では失われてしまってよくわかりません。

女一の宮のメッセージに「私も物語の主人公のように、秋風の切なさが身にしみます」などと書いて、この片思いをほのめかしたい気もしますが(いやいや、ちょっとでもそんな素振りを見せたら何を言われるかわからない。まったく世間の噂は厄介だから)と自制。でも心の中は悶々です。

(なんやかんやでいろんな物思いを抱えてきたが、それもこれも大君さえいてくれたらしなくてよかったことなのだ。

大君がここにいてくれさえしたら! 僕は皇女さまとの結婚も決してOKしなかっただろうし、浮舟の存在を聞いても気になることはなかったはず。この悩みも苦しみも、みな大君から始まったことだ……)。もはや全ては故人のせい。死人に口なし。

大君の死後は中の君へ横恋慕をし、そのことでも(勝手に)身悶えするほど苦しんだ挙げ句、そこで存在を知った浮舟が非業の最期を遂げたことも、何というカルマなのか。

浮舟は宮の誘いに容易になびく軽率な女だったが、僕への申し訳無さから自分を責めて死んでいった……。しっかりした妻というよりは可愛い愛人としていつまでも愛したいと思っていたのに。

今はもう匂宮のことも、浮舟のことも恨むまい。ただ僕が、世間知らずなあまりに引き起こした過ちなのだ……)。

冷静沈着で自制心のある薫でさえもまだまだ傷は生々しいまま。まして、何につけても感情的になるエモい匂宮は、自分の心を持て余していました。

「やっぱりあんな方はどこにも…」女房・悲しみの再デビュー

宮は浮舟の死を薫以上に嘆きつつも、いつまでも中の君相手に「浮舟が、浮舟が」というのも気が引ける。最初こそ打ち明けあって慰めあったふたりですが、所詮は最近互いの存在を知った異母姉妹。中の君にとって浮舟の死は、大君を失った時の悲しみとは違うものです。

話し相手を求め、匂宮は京の知り合いの家に身を寄せていた、浮舟の女房の侍従を呼び寄せます。宇治の女房たちの多くは去った後で、親子で浮舟に長年仕えてきた、乳母と右近の母子だけは主を偲んでそこに留まっていました。

侍従もしばらく一緒にいたのですが、毎日荒々しい川音を聞いていても、今はもう何の希望も持てず、ただ恐ろしく悲しい思いがするだけ。宇治にいるのはあまりに辛いと、京の知り合いのみすぼらしい家にいた所を、宮の家来たちに探し出されたのです。

「うちにおいで」と宮は二条院に仕えるよう勧めますが、自分が浮舟の女房だったとわかれば、二条院の人たちはどう思うだろう?「姉の夫を寝取った妹に仕えていた人よ」などと言われるのはたまらない。そこで、宮の母・明石中宮の女房にしてほしいとお願いします。

「それがいい。早速紹介してあげよう」。こうして、侍従は中宮の女房となり、華やかな宮廷世界を知ることになりました。幸いにも、「なかなか美人の下級女房」と認められ、誰も彼女を悪く言う人はありません。

周りの女房はみな良家のご令嬢ばかりと聞き、侍従は日が経つにつれ彼女たちの顔を見る機会に恵まれますが(やっぱり、浮舟さまのような方はいらっしゃらないわ。あんな風に可愛らしい方は……)

そして、中宮のもとへご機嫌伺いに来る薫の姿を物陰から見ては、宇治のことを思い出して胸が締め付けられるのでした。

新たな恋の火種? 数奇な運命に翻弄される姫を巡る思惑

さて、侍従の他にもうひとり、女房デビューした人がいました。先日亡くなった式部卿宮(桐壺帝の皇子・源氏や八の宮の兄弟宮)の遺したお姫様で、父宮は生前、娘を皇太子妃にするか、薫と結婚させたいとまで考えていました。

ところが意地悪な継母は、夫が亡くなったのをいいことに、自分の兄がこの姫に懸想しているのを取り持って結婚させようと企んでいたのです。姫君はそのことで大変悩み、将来を憂えていました。

この話が中宮の耳に入りました。「それはお気の毒だわ。お父宮が大変可愛がっていらした姫君を、そんな身分も低くパッとしない男に縁付けるなんて。よかったら、女一の宮のお話相手としてこちらにいらっしゃいませんか」

というわけで、彼女は“宮の君”という女房ネームをいただき、女一の宮の女房になりました。宮家の出身のため、特別待遇ではあるのですが、それでも一応主従関係。

女房のユニフォームである裳(後ろ向きにつけるエプロンのようなもの)と唐衣(上着)のうち、裳だけをつけてお勤めに上がっています。高貴な人もやむを得ずお勤めに出なければならない状況に、薫も世の無常を感じずにはいられません。

(お父宮があれほど期待していた姫君なのに。僕の妻となったかもしれない人なのに……。栄枯盛衰とはこのことか。入水した浮舟はこんな目に遭わなかっただけ良かったのかもしれない)

一方、匂宮は(宮の君と八の宮は兄弟だ。もしかすると浮舟に似ているところがあるかも)と期待し、どうにかして顔や姿を見れないか、と彼女を付け回しはじめます。

浮舟に夢中になっていた数カ月間は女断ちをして、周囲からは「少し落ち着かれたご様子」などと思われていましたが、今は元の性癖に浮舟恋しさがプラスされ、それが宮の君への執心に。こうして、宇治の名残を抱えた人たちは六条院に集い、季節は秋へと移ろっていきます。

罪悪感と無念さ…物陰から見つめる人の複雑な胸中

だいぶ涼しくなったので、中宮は実家の六条院から宮中へ戻ろうかと思われますが、若い女房たちは「六条院の紅葉を楽しめないなんて」と残念そう。六条院の日々を惜しむように、毎晩音楽の催しが開かれます。

匂宮はいつもよりも華やいだ六条院の空気を楽しんで、毎日顔を出しては腕前を披露。女房たちは改めて宮の美貌やその才能を絶賛します。一方、薫も顔を出しているものの、宮のように打ち解けて入り浸ることはないので、女房たちは薫が来ると少し緊張気味です。

ちょうどふたりが居合わせた折に、侍従は物陰からこっそりとその姿を覗いて(どちらも本当にご立派な、素晴らしい殿方だわ。このお二方に愛されながらも、浮舟さまは自らその幸運をお捨てになってしまわれた……)。この華やかな六条院では、詳しい事情を誰にも明かしていない故に、侍従は一人残念がります。

宮が中宮に話をするために近寄っていたので、薫は席を外そうと立ち上がります。侍従は彼に見つからぬよう、更に身を隠しました。(まだ浮舟さまの一周忌も過ぎていないのに、薄情者だと思われるだろう。もうしばらくは殿にここにいるのを知られたくない)

宇治にいるのが辛いのは無理もないことだし、誰も侍従を責めたりも出来ないと思いますが、匂宮の勧めで侍従がここにつとめていること自体を薫は知らない。ここでも宮と侍従という、薫の知らないところでの宇治のつながりがしっかり続いているあたりも、なかなか皮肉だなあという気がします。

「あいつに一泡吹かせてやりたい」コミュ障、コミュ強を羨む

宇治の侍従がそこにいるとも知らず、薫はここの女房たちへのウケを良くしようと、珍しく色っぽい冗談を言います。驚いた女房たちが返答を渋る中、目端の利くおばさん女房がしゃしゃり出て薫を煽り、ちょっとした応酬合戦に。

その後、まだ六条院を去る気にならず、薫が秋を迎えた庭で感傷に浸っていると、誰かが部屋を抜け出て行きます。衣擦れの音に匂宮は「いま出ていったのは誰?」「あれは女一の宮様のところの中将の君ですわ」と、やすやすと他の女房が答えているのを聞いても、薫はモヤモヤ。

男に聞かれてホイホイ誰それと教える女房も軽率だけど、誰もが宮には心をひらいているからこそのやり取りなのだ、と思うと、いつまでも女房たちと打ち解けられない自分と比較してしまいます。コミュ障、コミュ強を羨むの巻。

(なるほど、あの宮が相手なら、どんな女も心を開いて体を許してしまうのかもな。自分が残念だ。

宇治の姫たちとのことでは完敗だけど、今、宮が執着しているあの宮の君という人をなんとかして僕のものにできたら、一泡吹かせられるんじゃないだろうか。僕が味わったあの屈辱をなんとかして宮にも返してやりたい!!

それに本当に違いのわかる女なら、宮じゃなく僕の方に寄ってくるはずなんだがなあ。でもまあ、人の気持ちってのはわからないもんだし……)。

寝取られた悔しさを宮の君でリベンジしたいと復讐に燃える薫。どうにもモテないコンプレックスと高尚なプライドが入り混じり「違いがわかる女なら俺の所に来るはず」とか、だいぶこじらせ感がひどいことに……でも、なんかこういう人いますよね!

そこへ来て、夫・匂宮の浮気グセに悩み、また自分の困った好き心に閉口しながらも、決してつっけんどんにはしない中の君はなんとも素晴らしい。(こういう感じで僕に接してくれる人はここにいないだろうか。まだよく知り合っていないのでわからないが、いずれは誰かと親密になって寂しさを紛らわせたい)。浮舟を失ってまだ数ヶ月、まだ一周忌は遠いというのに……。

果たしてそれはあったのか……眼の前で儚く消えた恋の幻

薫はフラフラと女一の宮の部屋の前へ。ところが、母宮がいらっしゃる時はと一緒にお休みになる習慣のため、残念ながらご本人はお留守。女房たちだけが月を眺めて合奏などをして過ごしているところでした。薫は片思いを知られぬように紛らわすのに必死です。

この上なく優雅な、やんごとなきお方だが、血筋からいけば自分の母宮(女三の宮)も朱雀院の皇女なのだし、引けを取るものではない。(女二の宮さまに続いて、更にこの一の宮さまをいただけたらどんなにいいだろう)。薫の煩悩だらけの妄想に、作者も「いと難きや」とツッコまざるをえません。高望みしすぎ。

そういえば、例の宮の君も浮舟と同じ血統の人。亡くなられた父宮は僕と結婚させたいと思し召しだったのだし、と、薫は宮の君の座敷の方へ回ります。でも、応対にでた年配女房が宮の君へ取次もせず、自身で勝手な返答をするので薫のプライドは傷つきます。

「縁続きなのはもちろんですが、それ以上に実質的なお手伝いなどをしたいと思っていますのに、こうした応対では誠意尽くすこともできません」と押すと、老女はやっと宮の君をせっつきに。「知る人もいない所へ参りまして、たいへん心細く思っております所へ、ありがたいお申し出です」。その声は若々しく愛嬌があっていい感じです。

が、ただの女房の応対と思えば何でもない言葉も、本来なら人に声など聞かせるような立場の方ではないのに、思うと、なんとも言えない気分。高貴な方の生ボイスの持つ価値というのは相当なものですね。

しかしその声から(お顔はどんな風だろう、きっと美しい人だろうな)という心も起こり、宮も同じことを考えているのだろうと思うと、また同じような修羅場の再現があるやもしれない。(この人は本当に信用できるだろうか? 宮の誘惑に負けない女というのは滅多にいないだろうし)などと、早くも先走る気持ちも起こります。

尊い身分で父親に大切にされた姫というのは他にもたくさんいるだろう。でもあの宇治の山奥で、俗聖と言われた父宮のもとで育った大君・中の君は、不思議なほど類まれな素晴らしい女性だったなあ。そして軽率に思えた浮舟も、ただ逢っているだけの時はたいそう愛らしく、趣のある女だった……。

こうして宇治への回想が尽きない薫の前を、蜉蝣(カゲロウ)が儚げに飛び交います。「ありと見て手にはとられず見ればまた 行方も知らず消えしかげろう」。果たしてそれはあったのか、なかったのか、と。

儚いのは宇治の姫たちの命ではなく、地に足をつけた、血の通う生々しい恋愛に踏み出していけない薫の心ではないのでしょうか。手に取れないとわかっていて、そこに安心して恋に恋を重ね、その喪失を惜しむことをやめない薫。

「カゲロウ」という言葉には蜃気楼(陽炎)の意もありますが、わずか数日で死んでいく羽虫と、薫が女性の中に見続けている蜃気楼は、たしかに同じものなのかもしれません。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

(執筆者: 相澤マイコ)

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