何度も滅びて再興する三体世界の文明、それが地球にもたらすもの

何度も滅びて再興する三体世界の文明、それが地球にもたらすもの

 質・量ともに中国の現代SFの隆盛がめざましい。その頂点に位置するメガヒット作が本書『三体』だ。もとはSF専門誌〈科幻世界〉に連載されたもので、2008年に単行本が刊行。続篇の『黒暗森林』『死神永生』と併せ、これまでに2100万部を売り上げたとも言われている。ケン・リュウの手による英訳版はヒューゴー賞を射止めた。おそらく今世紀に入ってからいままでのSFシーンにおいて最高の話題作だ。

 それがついに邦訳なった。

 ストーリーは文化大革命の混乱から幕を開け、時代をまたぎながら思わぬ方向へと発展していく。女性科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)が秘密裏に宇宙へ向けて発信したメッセージ、「物理学は存在しない」と書き残して死んだ物理学者の謎、国際的なエリート科学者で構成された〈科学フロンティア〉の暗躍、Webで提供されるゲーム『三体』(複数の文明が滅びていくシミュレーション)のありえないほどの生々しい現実感、そして予想もしなかった異星文明とのファーストコンタクト。

 これらエピソードのつながりを、ここで明かすのは避けよう。読者一人ひとりがこの作品を読み、アイデアが複雑に絡みあい、驚異が尻上がりにエスカレートするのを体験してもらうのが第一だ。

 また、どこに着眼点を置くかで、作品の味わいも変わってくる。ぼくがもっとも惹かれたのは、ゲーム『三体』の世界が、三つの太陽を持つ惑星に設定されている点だ。つまり多体問題である。一般に三体以上の質量が相互作用する系のふるまいは、解析的に解くことはできない。太陽・地球・月のように質量差が大きい場合は、起こりうる偏差は無視できる(地球上で日常生活を送るうえで)範囲にとどまるが、太陽がみっつとなればカオスだ。そんな太陽系にある惑星に生命が発生したら、いかなる文明が営まれるだろう。

 劉慈欣の優れている点は、これを斬新な設定として据えただけではなく、地球に住むわれわれの社会との対照として描きだした点だ。これがアメリカの伝統的なSF(たとえばハル・クレメントやラリイ・ニーヴン)ならば、地球人は観察者あるいは冒険者として三体世界を探索する。しかし『三体』では、三体世界の危機や焦燥を映し鏡として、現代中国社会・国際社会が抱える問題がクローズアップされるのだ。

 しかも、それはテーマ的な面だけにとどまらない。ゲーム『三体』は一種の緩衝材あるいは検討材料として導入されたものであり、その向こう側に実際の三体世界(ゲームとまったく同じではないが)が存在し、地球に接触してこようとしているのだ。

 それを知ったひとびとのなかには「三体文明に地球文明を矯正してもらい、地上に調和をもたらそう」と考える者があらわれ、その勢力が急速に拡大していく。地球三体運動と呼ばれるこの層は、けっして一枚板ではなく、内部には複雑な派閥構造と意見の相違があった。

 終盤の少し手前で描かれるこの状況は、いきなり顕在化したものではない。物語の冒頭で語られる文化大革命の混乱から、形を変えながらつづいていたのだ。『三体』という作品がアイデアの斬新さだけではなく、小説としての奥行きを示すのはこうしたところである。

 ただし、アイデアの面でも終盤でとてつもない爆弾が炸裂する。現代物理の知識とジャーゴンを駆使している点ではグレッグ・イーガンばり、奇想天外さにおいてはバリントン・J・ベイリーにも負けない。物語もいきなり転調して、ひゃあ、これはどうなっちゃうの……というところで、次巻につづく。

 しかし、ご心配なく。第二部『黒暗森林』も第三部『死神永生』も、邦訳が予定されている。待ち遠しい。

(牧眞司)

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