必要なのは、自由な発想だけ!MoMA開発「対話型アート観賞」で磨ける、ビジネスに役立つスキルとは?
エリートと美意識の関係について書かれた本が話題になるなど、今、ビジネスと「アート」の関係が世界的に注目されています。
ビジネスパーソンがアートと関わることで、どのような影響があるのでしょうか?
株式会社フクフクプラス・取締役も務める福島さんは、デザイナーとして、障がいのある方が描いた作品を世に送り出しつつ、事業としてアートの影響力を追及、現在はその影響力がビジネスシーンにも及ぶと考え、オフィスへのアート作品レンタルや「対話型アート鑑賞」プログラムの実施などを精力的に行っています。
今回は、そんな福島さんにアートがビジネスシーンでもたらす効果について、ご経験とともに語っていただきます。
プロフィール
福島 治(ふくしま・おさむ)
1958年広島生まれ。日本デザイナー学院広島校卒業。浅葉克己デザイン室、株式会社アサツーディ・ケイを経て、1999年福島デザイン設立。被災地支援プロジェクト「unicef祈りのツリー」「JAGDAやさしいハンカチ」「おいしい東北パッケージデザイン展」など、デザインにおける社会貢献の可能性を探求、実践する。東京2020オリンピック正式プログラム「PEACE ORIZURU」プロジェクトメンバー(→)として活動中。世界ポスタートリエンナーレトヤマ・グランプリ、メキシコ国際ポスタービエンナーレ第1位、カンヌ広告フィスティバル・金賞など国内外の30以上の賞を受賞。AGI、JAGDA、TDC会員。東京工芸大学デザイン学科教授、株式会社フクフクプラス(→)取締役、日本デザイナー学院顧問、公益財団法人みらいRITA理事、一般財団法人森から海へ理事。障害のあるアーティストの社会参加と収入支援をライフワークとして実施。商業ベースと一線を画した社会課題に向き合うアートにこだわりを持つ。
「対話型アート鑑賞」で得られる力は、ビジネスにも日常生活でも使える
―どのようなきっかけで「対話型アート鑑賞」のプログラムを開催されるようになったのですか?
もともと、デザインの仕事を通じ、障がいのある方々の社会参加と収入援助ができる仕組みをつくれないかと考えていました。そんなとき、たまたま障がいのある方のアート作品を見る機会があったんです。自分の感情が無垢な形で描かれている作品に心を揺さぶられ、私はすっかりファンになりました。作品の魅力と影響力を実感し、この素晴らしさをなんとか社会に伝えていきたいと思って。その方法を模索していたとき、「対話型アート鑑賞」に出会ったんです。
―「対話型アート鑑賞」をとは、そもそもどのようなものなのでしょうか?
ニューヨーク近代美術館(MoMA)が教育プログラムとして開発した鑑賞法です(→)。特に日本人はその傾向が強いのですが、アートは作品の背景に注目されがちです。作家が誰だ、どんな状態で描いたとか。でも、「アートの本質はそんなもんじゃない。知識を確認するだけで終わらせず、もっと多くのことを鑑賞から手に入れて欲しい」という思いで、対話型アート鑑賞法が作られました。内容は、参加者全員が一つの作品をじっくりと鑑賞し、その後、決められたテーマで自由に語り合うというもの。1人の学芸員(ファシリテーター)と10人未満の参加者で開催されることが多く、現在アメリカでは100以上の美術館と300以上の学校で実施されているんです。私たちは、そこにさらに独自のアイデアを加えて観賞プログラムにしています。
―「一つのアートを見て、自由に語りあうこと」で、参加者同士のコミュニケーションが生まれるのですね。
そうです。例えば、「この絵を見て、なんでもいいから気づいたことを語ってください」というテーマが出たあと、その絵を3分間じっくりと鑑賞します。その後、観察して気づいたことを自由に語り合います。すると、本当に多くの意見が出るんです。みんな興奮して、気づいたことを少しでもたくさん発表したくなるのですね。さらに続けて別の少女の描かれている絵を見せて「この後、この少女にどんなことが起こると思いますか」というテーマを投げかけて鑑賞してもらいます。
すると、もう参加者の右脳は活気づいていますから、脳みそがぐるぐるぐるぐるフル回転して大変なんですね(笑)。「実は人間ではなく人形で、誰か蹴っ飛ばされちゃう」「手に持ってるこれ、投げつけるとか!」「顔のパーツが取れてしまう!」といった具合に、その後のトークがものすごく盛り上がります。
―面白そうですね!テーマが与えられているから、漫然とではなく、全身で見ようという姿勢になるのですね。
作品と真剣に向き合って、テーマに対して想像する。それを語り合う中で「自分」というものが出てしまうんですね。お互いの意見を聞き合うことで、コミュニケーションが生まれる。出てくる意見は、本当にさまざま。その多様性を受け入れて、認める。
最近は「多様性を受け入れよう」とよく言われますが、言葉だけではそれを理解するのは難しい。でも、対話型アートで多様な意見に出会うと「人はみんな感覚が違う」ということを体験できるんです。だからこそ、多様性を受け入れるということがより深くわかるのではと思います。
―多様性を受け入れるということは「正解がない」ということを受け入れること。それを実感できるのは、日常生活だけでなく、ビジネスでもとても役立ちそうですね。
役立つと思います。会議となると、特に日本人は良い意見や正解を言わなければいけないと思う傾向がありますよね。データを集めて論理的に発言しようとするというか。でも、これじゃあ似たような提案しか出てこない。革新的アイデアや突破口が生まれる可能性は低くなります。だからこそ、対話型アート鑑賞で自分の感じたことを自由に発言すること、またそれを聞くことの体験を重ねて、自由に発言する姿勢が自然に身についていき、会議でも自由な発言を受け入れる土壌ができてくる。すると当然新しいアイデアも生まれやすくなりますよね。
このように対話型アート鑑賞では想像力、観察力、コミュニケーション力、他者への理解力が楽しく身につくので、ビジネスパーソンが積極的に取り入れているんだと思います。
「対話型アート鑑賞はすっごく楽しいですよ。体験してみないと本当の面白さはわからないと思います」と自身も事業で取り組む対話型アート鑑賞の魅力を伝えてくださいました。
“アートの視点”を養うことで、「非日常」からの刺激を受ける
―一方で、最近、書籍などで「“アートの視点”そのものがビジネスの局面で役立つ」と話題になっているようですが、“アートの視点”のどのような部分がビジネスとつながるのでしょうか?
「非日常のものに出会う」という部分ではないでしょうか。
どこまでを「アート」とするか線引きが難しいですが、僕はアートとは何かを生み出すことそのものだと思っています。そして、それは人間の根源的な行為の中に入っているんじゃないかなって思うんです。子どもに紙と鉛筆を渡したら、勝手に何かを描き始めますよね。手を動かしたら線なり色なりができて、自分の内にある世界が可視化されていくのが楽しいんです。
アート作品は、アーティストのオリジナリティのみから生み出された世界。つまり、その作品を鑑賞するということは、アーティストという他人の完全なオリジナリティに出会うということになります。その「非日常」に自分を置き、観察したり想像することで、新たな視点に出会うことができるんです。
―「非日常」の新たな視点がビジネスシーンで役に立つということですか?
ビジネスの世界は、ロジックの世界ですよね。でも、アイデアってロジックのみではなかなか生まれない。ロジックではない、全く別のものと結びつくことで生まれるものです。アート鑑賞では、「非日常の刺激」を受けることができる。だから、いつもとは違う脳を使うことで、思考が活性化するのではと思います。そのマインドで仕事をすると、刺激と結びついてアイデアが生まれやすくなるんです。
―よく言われるように、論理的なものは左脳を使うことが多く、感覚的なものは右脳を使うということでしょうか?
そうですね、しかもロジックだけだと同じ回路しか使わない。でも、アート鑑賞で右脳を刺激されることで、普段とは違う発想にもつながっていくんです。
最近のアスリートは、練習に、専門とは違うスポーツを取り入れることがありますよね。それと一緒です。あえて普段とは違う筋肉を動かし、刺激を与えることで、結果として全身が鍛えられる。アート鑑賞もそれに近く、普段使っていない思考回路同士をつなげる練習になるんだと思います。
未知の世界だったソーシャルデザインに向き合い続けて10年目を迎える福島先生。その誠実さは一つひとつの質問に真摯に答える姿に表れています。
自由にアートと触れ合うと発想が柔軟になり、ビジネスもクリエイティブになる
―今後のアートとビジネスの関係について、未来予想図をお聞かせください。
最近、東京国立近代美術館でも対話型アート鑑賞が行われていましたが、今後も多様なアート鑑賞プログラムが開催され、アートの楽しみ方が広がっていくと思います。日本人はアート鑑賞が好きですが、作品の歴史や知識がないと楽しめないと考える人が多い。
でも、アートの本質的な価値や魅力は、作品を自分なりに読み解いて楽しむことにあります。有名無名に関係なく、素晴らしい作品はあるんです。歴史や知識などにとらわれず、気軽にまっさらな状態で鑑賞し、自由に感じて楽しんでほしい。対話型アート鑑賞に参加したり、名もなき美術館に行ったりして、見たことのない作品を鑑賞する。それを続けていくと固定観念に縛られず多くの刺激や発見が得られ、精神的に豊かになれます。そうすることで、日本人のビジネスもどんどんクリエイティブになっていくと思います。
―過去を踏襲するだけでは評価されなくなっている今の時代、これまでの価値観に縛られない視点を持つことが求められます。アート鑑賞はその視点を持つのに有効な一つの手かもしれません。 文:Loco共感編集部 高田まき
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