ヒューマンドラマの鬼才が生み出した“少女覚醒”ホラーの傑作『テルマ』 ヨアキム・トリアー監督インタビュー

ノルウェーを舞台に、初恋と自身の恐ろしい力に翻弄される少女を描いたホラー映画『テルマ』が10/20より日本公開。今作を手がけたヨアキム・トリアー監督にお話をうかがった。

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信仰心の強い一家に育ったテルマ。大学に通うため、親元を離れて一人暮らしを始めたテルマは、同級生のアンニャと初めての恋におちる。同性の彼女との恋は、テルマの家の信仰上、許されない恋だった。

そんな自らの欲望と罪の意識のあいだで引き裂かれそうになるテルマを演じたのは、ノルウェーで子役として活躍してきたエイリ・ハーボーだ。あどけなさの残る彼女だが、激しい痙攣や水中でもがき苦しむシーンなど、頭にこびりつくようなシーンの数々を鮮烈に演じ切った。

トリアー監督「エイリはあの若さで名演技をしてくれました。『テルマ』で彼女が見せてくれた演技は決してまぐれではないと思います。このキャラクターを演じるために、心理的に深いところに降りていかなければならなかったと思いますが、それを見事にやってのけた。蛇との撮影や水中でのシーンなど、スタントを使うようなシーンも自分でやりたいと言って、進んで撮影に臨んだんです。本当に感服しました」

一方、臆病なテルマと真逆の人間性を持ち、大胆で魅力的なアンニャを演じたのは、Okay Kaya(オーケイ・カヤ)の名でミュージシャンとして活躍するカヤ・ウィルキンス。今作が映画デビューとは思えないほど堂々とした存在感を放つ。

トリアー監督「カヤはアメリカ人とのハーフで、すでにミュージシャンやモデルとしても活躍していますね。僕はたまたま彼女のミュージックビデオを見て目に留まり、演技にトライしてもらったのです。そこで演技の才能を感じました。いわゆる天才肌の人ですよ。ふたりとも本当に勇敢で、才能のある俳優。これからも活躍していくと思いますよ」

そのキャラクターが“なぜそうするのか”を理解していなければいけない

トリアー監督は、人間の心理や登場するキャラクターをリアルに描くのが持ち味だ。“信仰があつく支配的な親”、そして“抑圧を経て恐ろしい力を目覚めさせる子供”の構図は、ブライアン・デ・パルマ監督の『キャリー』を彷彿とさせる。だが、強烈な『キャリー』の母娘像に対し、『テルマ』の親子はどこにいてもおかしくないリアルなもの。さりげなく、ごく自然な会話から滲み出るその支配関係が、不穏な行く末を暗示しヒヤリとさせる。

トリアー監督「キャラクターをリアルなものだと感じてもらえるのはとても嬉しいことです。キャラクター作りは本当に本当に大切にしているし思い入れがあるんです。逆に、まったく理解できないキャラクターを描くことが不得手なくらいです。だからといって、自分の書いたキャラクターがまったく僕の意志と同じ、ということではないんだけど。テルマの両親のような親にはなりたくないと思ってるしね(笑)」

トリアー監督「けれども彼らの行動のロジック、彼らはなぜそうするのかというものを理解して描かなければいけないといつも思っているんです。僕がもっとも恐ろしいことだと思うのは、“愛を理由に行われる邪悪なこと”です。親はテルマを愛しているからこそ支配的になるわけですが、その愛情が破壊的なものだったということですね。両親を演じてくれたふたりはとても素敵な人たちなんだけど、人間の深いダークな心理を演じることにとてもワクワクしてくれたようです。人の心理とつながりのあるホラー、これが僕の興味のあるホラーなんです

ノルウェーのありふれたホラー映画の定形から離れたかった

※以降には、『テルマ』の物語の解釈についての記述が含まれます。まっさらな状態で作品を鑑賞したい方は鑑賞後にお読みください。

トリアー監督が今作以前に手掛けてきたのは、日本初上陸となった前作『母の残像』を含めた長編3作。人間の抱える様々な問題に向き合うヒューマンドラマを描いてきたトリアー監督が、抑圧に対峙する少女を題材にホラー作品に挑んだのはなぜだったのだろうか。

トリアー監督「誰もが抑圧を抱えているのがこの世の中なんじゃないかなと思うんです。それを掘り下げるのにホラー映画というのがピタリとハマった。人の心理や、ファンタジー、悪夢といったものの深いところを旅する手法を与えてくれるのがホラーなんじゃないかと。僕が今作で作ろうとしたのは、自分のコントロールを失っていくことに恐怖を感じるホラー映画だと思っています。それは自分の体であったり、自分のセクシャリティであったり。自分が誰であるかというアイデンティティすらコントロールできなくなっていく。ある意味とても実存主義的な物語なのです。僕がこれまで手掛けてきたものはストレートなドラマだったので、ホラーという枠組みの中でこういったことが模索できるんだ、というのはとても開放感を感じました」

『テルマ』には、悪魔や霊やモンスターのような、ホラー映画定番の恐怖の対象は存在しない。テルマが恐れているのは自分自身だ。それは誰しもが現実において感じうる恐怖でもある。

トリアー監督「まさしくそのとおりで、今作では“主人公が自分を恐れる”というアプローチをしたかったのです。観客に脅威を感じさせるための無意味なモンスターは出したくなかった。ノルウェーのおとぎ話は魔女の話が多いんですが、悪役が彼女たちなんです。“超自然的で邪悪な魔女から、普通の人々がいかに身を守るか”というものばかり。と同時に、ホラー映画の父親ってだいたいクレイジーで邪悪なやつが多いじゃないですか?(笑) なので、今回はそういったクリシェ(ありふれた型)からは離れたかった。ホラーの要素が、人間的な深い問いかけにつながりを持つものでなければいけない。そういうところからホラーを感じてもらわなければいけない。自分の持っている自由な意志が、自分の人生のコントロールを取り始めてしまったらどうするか、という話なんですね。でもそれは、決して自分の敵ではなくて、自分の意志には違いないんだけれどもね」

作品概要

『テルマ』
10月20日(土) YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマ ントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
配給:ギャガ・プラス

公式サイト:https://gaga.ne.jp/thelma/

(C)PaalAudestad/Motlys

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レイナス

おもにホラー通信(horror2.jp)で洋画ホラーの記事ばかり書いています。好きな食べ物はラーメンと角煮、好きな怪人はガマボイラーです。

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