「退職しようと思う」出産直後に夫から衝撃のひと言…それでも「感謝100%」と言える理由とは【挑戦者を支えた「家族」の葛藤】

「退職しようと思う」出産直後に夫から衝撃のひと言…それでも「感謝100%」と言える理由とは【挑戦者を支えた「家族」の葛藤】

家族に突然「起業したい」と打ち明けられたら、たとえどんな結論が出るとしても家庭ではさまざまな葛藤や話し合いがあるはずです。この連載では「挑戦したパートナー」を家族がどう支えたのか、ご本人に取材してお話をお聞きしています。

今回登場するのは、現在3つの場に所属しながら人材育成のスキルを生かしている飯田健史さんと妻の雅子さんです。健史さんは新卒で教育関連企業に入社、塾長職を任されグループ内で断トツの成績を上げたあと大手人材紹介会社に転職、ここでも社内タイトルを14回受賞。顧問紹介や経営者支援事業の立ち上げも行い、数億円規模のビジネスに育てました。

このまま会社に残る道もありましたが、2018年3月に退職を決意したといいます。2児を抱える状態での進路変更について雅子さんはどう捉え、二人で何を話したのか、株式会社オムスビ 羽渕彰博(ハブチン)さんが詳しくお聞きしました。

飯田 健史さん(写真左)

1980年埼玉県生まれ。2004年に愛知県の株式会社モノリスに入社、学習塾部門で入社3年目に最年少塾長となり、年間退塾者ゼロ・生徒数増加トップ校舎を記録。2007年に大手人材紹介企業へ転職し東京へ転居、リーマンショック直後の2008年11月から社内タイトルを数々受賞。2010年に雅子さんと結婚。2018年3月に退職し、現在は京大発ベンチャー企業 ティエムファクトリ株式会社 採用責任者とビジネスマッチング企業 株式会社SEASIDE取締役、個人事業主の3つの顔を持ち活動している。長女、長男の2児の父。

飯田 雅子さん(写真右)

1983年富山県生まれ。2005年に株式会社モノリスに入社、学習塾部門の1年先輩だった健史さんと出会う。愛知県内で学習塾や幼児教室の運営の経験を積んだ後、健史さんと一緒に東京へ転居し、公務員として勤務。2010年に健史さんと結婚、2015年に長女、2017年に長男を出産。現在は育児休暇を取得しているが来年は復帰予定。

羽渕彰博(ハブチン)さん

1986年大阪府生まれ。2008年パソナキャリア入社。転職者のキャリア支援業務、自社の新卒採用業務、新規事業立ち上げに従事しつつ、アイデアを短時間で具現化する「アイデアソン・ハッカソン」のファシリテーターとしても活躍。2016年4月に独立し株式会社オムスビを設立、複業したい方向けのキャリア支援サービス『AM』や、 組織変革したい企業様向けの組織コンサルティングサービス『REBORN』などを運営している。

仕事の話はお互いに持ち込まない関係

ハブチンさん お二人は1社目で出会っているんですね。どちらも学習塾の先生として働いているときですよね。

健史さん そうですね、その頃から付き合い始めて一緒に暮らしていました。2005年からだから5年後に結婚したのか。

雅子さん 私はもっと早く結婚したかったんですけれど、全然プロポーズしてもらえなくて。

健史さん いや、プロポーズのタイミングを破ってきたっていう言い方のほうが正しいと思いますよ。プロポーズする予定で指輪を買って、旅行先でいい場所も調べて準備していたのに、行く途中の電車で指輪を見つけられたんですよ。そうしたらもうプロポーズする気はなくなりますよね。今するか、今日はやめるか。

雅子さん その後も富士山でご来光を見ながらとか計画はあったらしいんですけれど、結局3年くらい時間が経ってしまって。最後はあちらのお母さんに「そろそろ嫁にもらってあげないとご実家が心配してるんじゃないの」と言われるようになって、やっとプロポーズされました。

ハブチンさん でもその間は一緒に生活していたから、お互いの性格や働き方はよくわかっていたんですね。

健史さん いや、当時から仕事の話は全然しませんでしたね。

雅子さん 人材紹介企業で働いていた頃は、月間MVP賞とか敢闘賞をいろいろもらっていたようですが全然知りませんでした。賞状のシワをのばすために部屋のじゅうたんの下に挟んでいたのを見つけて「これは何?」と聞いたり、前職の仲間と飲みながら話しているのを聞いて「賞を取ったんだ」とわかったり。面と向かっては話さないです。

健史さん 彼女は今育休中ですが、お互い職場に出ていたときから仕事のことは家に持ち込みませんでした。

雅子さん 私の仕事の話は、同僚や友達に聞いてもらっていましたね。

ハブチンさん じゃあ、今年3月に会社を辞める話はいつ頃から相談したんですか。

健史さん たしか長男が生まれて里帰り出産から戻ってきたときだから、今年の1月末です。「3月末に辞めるつもりで退職交渉をしている」と伝えました。出産と並行だったので相談する機会がなかったんですよ。

ハブチンさん 雅子さんはびっくりしませんでしたか。

雅子さん 「へっ、どういうこと? 意味がわからない」というのが最初の感想です。説明してもらったんですが、こっちは出産直後でそれどころじゃない。元々相談して何かを決めるのではなく自分で決断する人だったので「私が反対することでもない、そこまで言うならしょうがない」と思いました。

働く姿を知っているから信頼できた

雅子さん 同じ職場のときから働きぶりは見ていたので「仕事はきっとできるんだろう」と考えてましたね。夫が仕事に打ち込む姿を知っているのは大きいんじゃないでしょうか。友達と話していると「うちの夫は家ではずいぶんのんびりしているけど、仕事はちゃんとしているのかな」と心配する人もいます。うちも家と職場では全然違う姿なので、同じ職場を経験していなかったら誤解したかもしれません。

ハブチンさん 生活や家計面での心配はありませんでしたか。安定した給料をもらう生活が一転するわけですし。

雅子さん 「心配だけど決めちゃったんだからしょうがない」というのと「いざとなったら自分が働いて支える」という覚悟と両方ですね。まだ退職して数カ月なので正直不安は拭えていないです。一応「これくらいは稼いでいるよ」とメールで1回送ってきたのは読みました。

健史さん 年長の知り合いから「ちゃんと言っておいたほうがいいよ」と言われて初めて現在の明細について伝えました。

ハブチンさん 今までお互いの給与明細は知らなかったんですか。

健史さん はい。家賃や光熱費、保険なんかの生活費は僕の口座から引き落とすようになっていますが、具体的な月々の金額は知らないんじゃないかな。生活費以外、家族旅行のような大きな臨時出費は彼女の口座から出してもらっていますが。

雅子さん 年に1回「今年はこれくらいだった」というのを掴むくらい。子どもが生まれるまでお金はお互いの口座から自由に使っていました。さすがに今は子どもが増えて独立もしたので節約を心がけていますが、貯蓄の額さえ決めて守っていけば大きな破綻はないだろうという考えなんです。ただ、彼が全くお金のことを気にしないので、将来的なことは私が考えないといけないとは思っています。

健史さん 僕の中では、実はラインが決まっているんですよ。家族に迷惑をかけるわけにはいかないので、年収があるライン以下になったら改めて就職先を探して勤めるつもりでいます。

雅子さん そんな話、初めて聞きました。そうなんだ。

娘との関係を考えた“妻ファースト”

ハブチンさん 転職するときにスッとご夫婦で話が決まるのは珍しいですね。お互いが独立した働き方をしていたからでしょうか。

雅子さん 仕事は本当に好きでやってるんだなと思います。会社を辞めたらもう少し家族の時間が増えるかと勝手に予想していたんですが、そんなことはなく今まで通りでした。できれば一度、父親1人だけで子ども2人の面倒をみる体験をしてほしいですね。ワンオペがどれだけ大変かわかると思うので。

健史さん これでも僕としては“妻ファースト”を心がけているんです。家族の中で母親の味方になれるのは自分しかいない。娘と彼女が対峙したときはフォローをして娘に言うことを聞かせています。

雅子さん たしかに「ママの言うことはよく聞きなさい」とは言ってくれますね。

健史さん 娘から「パパのお嫁さんになりたい」と言われるのが父親の夢ではありますが、娘はもう「パパ“みたいな”人のお嫁さんになりたい」と言うんです。「パパはママのものだからダメ」とわかっている。ちょっと寂しいですけど、それでいいんです。

雅子さん 仕事を自由にやってもらうのと同じように、子育てについては私のほうで自由にやらせてもらっているかもしれません。保育園や教育のことも「こうしようと思う」と知らせはしますが、反対はされません。家事や育児の分担については最近言いたいことを言えるようになったので、不満があったら相談して解決します。

ハブチンさん 健史さんが不満をぶつけたり、夫婦ゲンカしたりすることはあるんですか。

健史さん イライラすることはもちろんあるんですけど、その場の感情に任せても意味がないと思っているんです。僕にとっての幸せの定義は名声やお金ではなく、みんなで楽しく過ごせること。不機嫌というのが一番嫌いなんです。だから「言いたいことは明日言え」を高校生の頃から信条にしていますね。腹が立っても一晩寝ると、驚くほどどうでもよくなっている。

雅子さん 私も寝たら忘れちゃうタイプなので引きずらない。イライラしていても忘れちゃうというか。

ハブチンさん お話を聞いていると、お互いの信頼がしっかり確立していると感じます。

雅子さん 心配はありますけど感謝100%です。収入が一定以下になったらお勤めして生活をキープするつもりだとさっき初めて知って安心しました。新しい挑戦が好きなのは昔からわかっているので、これからもその道へ進んでいくと思います。

健史さん こうやって応援してもらえるのは、本当にありがたいです。

ハブチンさん お互いに「この人ならきっと大丈夫」と思える土台があるから仕事や育児を任せ合えているんですね。反対がなかったと聞いて驚きましたが、詳しく伺ってその理由が見えた気がします。今日はお忙しいところ、楽しいお話をありがとうございました! インタビュー・文:丘村 奈央子 撮影:是枝 右恭

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