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ナメクジの出現を予測する!- 市民科学と最新統計の融合(academist Journal)

ナメクジの出現を予測する!

今回は『academist Journal』より森井悠太さんの記事をご寄稿いただきました。

ナメクジの出現を予測する!- 市民科学と最新統計の融合(academist Journal)

外来種問題は突然に

2014年7月某日、札幌市の円山原始林で私が出会ったのは、体長15cmもの巨大な豹柄のナメクジ、マダラコウラナメクジでした。私はそれを知っていました。過去に一度だけ、ドイツ・ドレスデンの森の中で見たことがあったからです。北欧原産のナメクジがどうしてここに? 慣れ親しんだ円山の森に現れた、不似合いな新参者との突然の出会いに、目眩がしました。私の知る北海道の生態系は、これからいったいどうなってしまうのか? 我々ヒトの生活への影響は?

マダラコウラナメクジ

体長15 cmほどのマダラコウラナメクジ

市民のブログが教えてくれた

予期せぬ出会いに衝撃を受けた私は、研究室に戻るや否や、飛びつくように現状を調べ始めました。わかったことは、マダラコウラナメクジが2006年に茨城県で最初に侵入・定着が確認されたということ、さらに2010年には福島県、2012年には長野県にも侵入し勢力を拡大しているということでした。もうひとつ、インターネットの大海から見つけ出したのが、研究者ではない方々(ここでは市民と呼びます)のブログです。専門家の間でも知られていなかった北海道へのマダラコウラナメクジの侵入に、市民はいち早く気づいていたのです。私はすぐさま、ブログのエントリーにコメントを書き込みました。ブログの持ち主としてお返事をくださったのが、専門学校理事の興野昌樹さんと、江別市在住の神武海さんでした。

興野さんは、2013年11月にはすでに円山周辺の大型ナメクジをマダラコウラナメクジと認識していただけでなく、野外から採集した個体が次世代を残せるほどに成熟していることを飼育実験によって確認していました。神さんは、円山から東へ30kmほど離れた江別市江別太周辺でもマラダコウラナメクジが定着していることを自身のブログで報告していました。「江別の神です」と最初にメールをいただいたときにも、また名前が「武海」であると打ち明けられたときにも、まるでギリシャ神話の海と地震の神、ポセイドンと相対しているかのような緊張感を味わったことを今でもよく覚えています。

結果として、2012年6月に円山で発見されたマダラコウラメクジが、北海道における最初の目撃例であること、札幌市と江別市の少なくとも2箇所にすでに侵入・定着していることがわかりました。市民のブログからもたらされたこれらの知見を成果としてまとめ日本貝類学会の和文誌「ちりぼたん」に発表したのが、2016年1月。私のマラダコウラナメクジをめぐる市民科学のプロジェクトはここから始まりました。

記者の流れに身をまかせ

市民から得られた知見は、市民に還元するのが相応しいのではないか。そう考えて私は、北海道地方の有力紙「北海道新聞社」に論文の別刷りと解説文を送り、新聞記事として取り上げてもらえるよう協力を依頼しました。駆けつけてくださった記者の方が執筆してくれたのは、「外来ナメクジ道内じわり」という想像以上に大きな記事でした。巨大な豹柄のナメクジの写真が強烈なインパクトを放ち、不用意に夕刊を開いた読者を散々に苦しめたことでしょう。夕食が喉を通らず、北海道新聞社に苦情が殺到したに違いありません。担当してくださった記者の方がいたずらっぽく笑っていました。

研究のアイデアをひらめいたのは、新聞記事を掲載するにあたり電子メールのアドレスを掲載してはどうかと、記者の方に提案していただいたときでした。その手があったか、と。実は私は、2015年3月の生態学会で「外来ナメクジの行方を追え! 動態追跡プロジェクトの提案」というタイトルでポスター発表を行い、新たな研究プロジェクトを立ち上げる仲間を探していました。インターネットを利用し市民参加型調査を行うことで、市民の方々から写真・日時・位置の3つの情報を提供していただき、マダラコウラナメクジの分布域が今後どのように変化するかを日本全国規模で追跡しようと考えたのです。そのときは残念ながらこの研究計画の賛同者が現れず、このプロジェクトを実行に移すことは叶いませんでしたが、北海道新聞社の記者の方の提案を聞いて、電子メールを利用する方法を思いついたのです。新聞やテレビ番組のようなメディアの力を使えば、電子メールで十分な情報を募ることができるはずです。メディアに露出することそれ自体が、次の研究へと続く足がかりになりました。

聞こえてくるのはいつも市民の声

北海道新聞に記事が掲載されたのが、2016年2月。それからたった2週間の間に、24件もの情報が一般の方々からもたらされました。2016年10月には、UHB TV(北海道文化放送)に私自身が出演し、マダラコウラナメクジの北海道内における現状を解説する機会にも恵まれました。それらメディアを通して集まった合計38件の情報により、既知2地点の他にも14地点もの新産地から目撃証言が得られました。中には札幌市からそれぞれ100km 以上も離れた芦別市・八雲町・室蘭市・島牧村にもすでに侵入していることが確認されました。2012年から2016年の5年間で、マダラコウラナメクジが急激に勢力を拡大していることが示されたのです。

カワカツクガビル

マダラコウラナメクジを捕食するカワカツクガビル(菊地亜由美さん・撮影)

中でもとりわけ目を引いたのが、巨大であるはずのマダラコウラナメクジを、それを上回るさらに巨大なヒルが丸呑みにしているという、信じがたい瞬間を撮影した2枚の写真でした。ヌメっとした生き物がヌルっとした生き物に尻尾から呑み込まれていくグロテスクでダイナミックな捕食シーンは、往年の怪獣映画を彷彿とさせるようでした。体長15cmにもなろうかという写真中のヒルは、後にヒル類のスペシャリストである広島大学(当時、現・京都大学准教授)の中野隆文博士によってカワカツクガビルと同定されました。

この報告に誰よりも驚いたのは、私よりもむしろ中野博士だったかもしれません。ヒル類をよく知る中野博士は、カワカツクガビルを含むクガビル属のヒルがいずれもミミズのみを捕食するとされていることを知っていました。ミミズよりもはるかに発達した複雑な内部器官を有するナメクジを、ミミズ専食であるはずのヒルが捕食したという報告は、ヒル類の研究者の常識を覆すものでした。

さらにこの一連の写真にはもうひとつ、重要な示唆が含まれていました。それは、在来の捕食者が自身の本来の餌資源を大幅に変更し、新たな餌資源の急増に対して早くも順応しつつあるという可能性を示したことです。マダラコウラナメクジの分布拡大の様子を知るために募ったはずの市民からの報告が、予想もしない結果に結びついたのです。市民科学の可能性を示す事例と言えるでしょう。これらの結果は、フィンランドのオープンアクセス誌「BioInvasions Records」に掲載され、国内外のメディアに取り上げられることになりました。

あなたのスゴさを私は何に例えよう

私のマダラコウラナメクジのプロジェクトは、基本的に市民からの情報を頼りにしており、得られた研究成果をいかに市民へ還元するか、ひいては科学リテラシーをいかに市民に普及するか、というテーマにも挑戦するものです。その一環として私は、博物館やボランティア団体の主催する講演や自然観察にも講師として積極的に参加してきました。札幌市民憩いの動物園である、円山動物園でボランティア活動をされている渡辺早苗さんと出会ったのは、講演会を終えた後の聴衆との交流の折でした。

「私、ただの市民なんですけど、円山に年間400回くらい登っていまして。数年前から見たことないナメクジがいるなと思って、毎日、ナメクジの数を記録しているんです。何かに使えますかね?」

「す、すみません。もう一度言っていただけますか?」

詳しく話を聞いてみると、なんと円山(標高225m)の同じ登山ルートを毎朝5時に登り、登山道に現れたマダラコウラナメクジの数を記録し続けているとのことです。文句のつけようのない、完璧なセンサス調査でした。夏は汗水を垂らし、冬は降り積もる雪を掻き分け、雨の日も風の日も、風邪の日だって欠かさず、一人で円山に登り続けている渡辺さんは、是非とも「ただの市民」という自己紹介を改めるべきでしょう。それはもう只者ではない市民と言います。そんな驚愕のデータを、あろうことか2年間分もまるごといただいてしまいました。なんとしてもそれ相応の恩をもって報いねば、研究者の名が廃ると言うものです。興奮と重責に、上手く寝付けない日々が続きました。

飾りじゃないのよ統計は

問題はこのデータをどう奏でるかということです。例え高価な楽器を使っても奏でる人によって紡ぎ出される音が変わるように、得がたいデータを使ってもそれを活かせるかどうかはまさに研究者の腕の見せどころと言えます。アイデアはすぐに浮かびました。毎日の気象データと照らし合わせれば、マダラコウラナメクジの活動が活発化する条件を割り出すことができるはずです。さらに過去の気象データとの関係を示すことができれば、まさに天気予報のように未来のナメクジの出現を予測できるのではないでしょうか。

都合の良いことに、センサス調査の行われた円山からたった2kmほどの場所に気象庁の札幌気象台があり、毎日・毎時の詳細な気象データがインターネットで無料公開されていました。これを使わない手はありません。

札幌市の調査地

札幌市の調査地。円山の登山口(A)から山頂(B)までの登山道沿いに出現したマダラコウラナメクジの個体数を、渡辺早苗さんは毎日記録し続けた。登山道からおよそ2kmの位置に気象庁札幌気象台がある(C)。

気温、湿度、風速、気圧、雨量、日照時間…。相互に強く相関する数多くの気象条件を全部まとめて統計的に扱うには、既存の統計手法では力不足です。やはり、ベイズ統計による独自の解析が欠かせないと私は考えていました。

飲み会の席で話した私の計画に飛びついたのが、統計哲学の専門家を志す研究者の卵、北海道大学大学院の大久保祐作さんです。すでに酔いつぶれてソファで寝ていたはずの大久保さんは、私の話が終わるや否やまるで操り人形のようにむくりと起き上がり、虚ろな目でただひと言「そのテーマ、僕にください」と呟きました。「やらせてください」ではなく、「ください」とのたまうそのハングリー精神に心を動かされ、共同研究を始めることにしました。大久保さんは目を見張るようなアイデアや統計学の技術を次から次へと繰り出し、渡辺さんの取った貴重なナメクジのデータを、見事に昇華させていきました。そしてついに、マダラコウラナメクジの活動を事前に予測する、詳細なナメクジ出現予報モデルを作成することに成功したのです。この成果は2018年5月、オランダの国際誌「Science of the Total Environment」の最新号に発表されました。今回の最新の成果が世に広まることで、また新たなフィードバックが市民からもたらされることを期待しています。

市民科学を突き上げろ!

音楽が音楽家だけのものではないように、科学は科学者だけのものではありません。科学的な検証手法・論理的な思考能力は、我々ヒトの社会から理不尽を排除し、自由で公平かつ平和なものにするために、できる限り多くの人々が身につけるべきものと言えるでしょう。市民科学の本懐は、科学的・論理的思考の普及にあると私は考えています。自らの思考に基づいた正当な主張とそれをめぐる健全な議論は、常識や前例に囚われない新たな社会的価値を創出し、多様な人生の在り方を許容するこの上ない力になるでしょう。ほんの片手間のつもりで始めたこのマダラコウラナメクジのプロジェクトですが、市民を筆頭に多くの方々の尽力によって、たった2年ほどの間に大きな成果を収めるに至りました。どれもこれも私の周りの方々が精力的かつ自由に活動された結果で、私はちょっとだけ指揮棒を振らせていただいたに過ぎません。

この社会には外来種問題を始め、数多くの問題で溢れており、時間的にも資金的にも研究者や行政だけでそれら全てに対処することは不可能です。研究者や行政はどうしても、そのなかから優先順位の高いものを選択して対応せざるを得ません。緊急性の不明な問題や長期的な問題については、いずれは研究者の指揮がなくとも市民が主体となって論理的な思考に基づいて活動されることが望ましいと私は考えています。私のマダラコウラナメクジのプロジェクトがその先駆けになることを願いつつ、これからも目立たない裏方(黒幕?)として、こっそり市民科学に関わっていきたいと思っています。

参考文献

Morii Y*†, Ohkubo Y† & Watanabe S, 2018. Activity of invasive slug Limax maximus in relation to climate conditions based on citizen’s observations and novel regularization based statistical approaches. Science of the Total Environment, 637-638: 1061?1068. doi:10.1016/j.scitotenv.2018.04.403. †These authors contributed equally to this work.
Morii Y* & Nakano T, 2017. Citizen science reveals the present range and a potential native predator of the invasive slug Limax maximus Linnæus, 1758 in Hokkaido, Japan. BioInvasions Records, 6: 181-186. doi:10.3391/bir.2017.6.3.01.
森井悠太*・神武海・興野昌樹・並河智子・佐々木久美子・高江洲昇・渡辺早苗、2016.北海道に移入したマダラコウラナメクジ(有肺類:コウラナメクジ科)の分布状況.ちりぼたん,45: 256-261.

執筆: この記事は『academist Journal』より森井悠太さんの記事をご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2018年08月10日時点のものです。

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記者:

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