体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]

音楽と車のデザインを重ねた、建築家渾身の新ガレージハウス【edgeHOUSE】

▲特徴的な外観をもつK邸だが、ガレージにポルシェ 911が収まることでそのデザインは完成する。みごとに調和する理由は、どちらも機能美を徹底的に追求した結果生まれたプロダクトであるという点

911が収まることで完成する音楽建築|建築家・鶴田伸介(熊工房)

上の写真をご覧になって、読者諸兄はどのように感じただろうか。これがガレージハウス? と思える造形をもつK邸だが、じつは、ここには車に対する施主と建築家の思いが凝縮されていたのだ。

東京都下、都心のベッドタウンである閑静な住宅街の一画にK邸はあった。周囲の建物を見下ろすような小高い丘の上、さらに傾斜地に建っているため、K邸の存在感は際立っている。もちろん、その存在感の高さは立地だけではなく、曲線を巧みにあしらったK 邸のフォルムがもたらすものでもある。

ガレージは、麓(とあえて呼びたくなるほどの傾斜地にK邸は建っている)に設置。一般的なビルトインタイプではなく、邸内とガレージ内を直接結ぶ動線も備えていない。

しかし、一歩、二歩……と後退しながらK邸の全体像を観察すると、ある瞬間でピタリと決まる。ガレージ内のポルシェと外階段、そして建物とが三位一体となって一つの「絵」を構築しているのだ。

設計を担当したのは、建築家の鶴田伸介さん。ご自身も熱烈なカーフリークで、本誌でも作品を紹介したことがある。

鶴田さんによると、このK邸は「音楽建築です。そしてガレージにポルシェが収まることで全体のデザインが完成するガレージハウスです」とのこと。

そもそもK邸の企画は「とことん音楽を楽しむ空間を作ろう!」というところから始まったそうだ。施主のKさんは自邸を新築するにあたり、生活のなかに音楽を取り込みたい……という強い思いがあった。そこで、音楽ホールの設計など経験豊富な鶴田さんに設計を依頼したという経緯だ。

もともとおふたりは、10 年ほど前に知人を通じて知り合っていた。お互いに音楽好きという共通点があったので、自邸でもよりよい音を楽しむために……と、思い切って鶴田さんに設計をお願いした。

さっそくKさんは鶴田さんと土地探しを始めたのだが、現在K邸が建つ土地こそがイメージどおりの絶好のロケーションであった。その理由は、

①街並みを見下ろせる高台に位置していること。

②前面が開けているので音楽を存分に楽しめること。

②に関しては、隣にお住まいの方も趣味が音楽なので、ある程度の音量は許容してもらっているとのこと。さらに、決め手となったのは、おふたりが早朝にこの土地に立ち、朝日が昇るシーンを目の当たりにしたことだという。K邸に注ぐ日差しは、日中であれば照明はまったく不要なほど。

また、眼下から吹き抜けてくる風は心地よく、取材に訪れた4月末にも爽やかな風が堪能できた。そんな自然と共存する居心地のよさも、K邸の大きな特徴といえる。設計を依頼するにあたりKさんが鶴田さんに出した要望は

「部屋数は、寝食するのに最低限でOK 。それよりも、クラブにいるような絶対的に音のよい空間を作ってほしい。また、土地の特徴を生かして開放的な空間にしてほしい。もちろん、基本的には鶴田さんに全面的にお任せ……」というものだった。

全幅の信頼に基づいた設計依頼だったこともあり、提案はファーストプランで一発OKとなったそうだ。

これまで培ってきたノウハウを100%出し切ろう!

「Kさんは音楽に精通していることと、ソフトウエアエンジニアとして音響機器を自在に操れる技術をお持ちなので、それならば住まいも徹底的に! ということでプランニングを進めました。具体的には、1階と2階それぞれの場所で過ごすシチュエーションをイメージしてレイアウトしていますが、どの場所にいても音のクオリティが確実に保たれていることを念頭に置いて設計しました。家の形状がもたらす音の伝わり方は、十分な計算に基づいたものです」と鶴田さん。

その「家の形状」こそが、K邸のハイライトである。正面から見て左端の半円状の壁面にはスピーカーとスクリーンを設置。音が邸内を真っすぐに伝わるようにデザインされていることが特徴だ。

さらに、その効果を増幅させるために、天井にはビッシリと細かい反響板が設けられている。その様子は壮観のひと言で、実質的な効果に加えデザインの美しさが際立つ、まさに機能美と呼ぶに相応しい。

「このように思い切ったことができたのも、Kさんから『やりたいようにやっちゃってください!』とお許しをいただいから(笑)。それなら今まで自分が培ってきたノウハウを100 %出し切ってやろう……と燃えました!」と鶴田さん。

さて肝心のガレージだが、傾斜地という土地だけにその位置はスムーズに決まった。前述のようにガレージハウスとして捉えるのは難しい外観だが、改めてトップの写真を見ていただくと、K邸の外観はガレージにポルシェが収まることで、両者のフォルムがマッチするようにデザインされていることがわかるはずだ。この「絵」は当初から鶴田さんの中ではイメージできていたようで、

「事前に911(タイプ997)のボディスペックや最小回転半径などを念入りに調べ、前面道路からの切り返しも最短でアクセスできるように設計しました」というこだわりようだ。

ただし、このガレージに対するこだわりは、Kさんからのオーダーではない。ポルシェに対する鶴田さんの情熱が強すぎるあまり、「家はポルシェとセットで!」とKさんに猛プッシュをした結果だという。「まんまとポルシェ信者にさせられてしまいました」とKさんは笑いながらそのエピソードを語ってくれた。さらに鶴田さんは、

「ポルシェの魅力はスタイリングもパワートレインも、その造形が機能を追求した結果生まれたものだということです。このような車作りの姿勢に共感する人は多いと思うのですが、K邸においても徹底して音を追求する……という意味ではポルシェに通じるアイデンティティがあると考えています」と続けた。

改めてK邸のリビングルームに座り、美しい弧を描く梁を眺めていると、まるで911の車内……というよりも体内にいるかのように錯覚した。

建築家のなかには、施主には内緒である仕掛けを設け、季節の移ろいや経年変化に伴って施主がそれに気づく……という趣向を凝らす方が少なくない。リビングルームのソファでの錯覚も、鶴田さんの密かな作戦なのかもしれない。

▲ボディスペックや最小回転半径などを念入りに調べ、前面道路からの切り返しも最短でアクセスできるように設計 ▲リビングルームの大スピーカーは、鶴田さんが音響の専門家に依頼したワンオフもの。これらの操作は2階にあるDJラウンジでコントロールする。PCやターンテーブルなどプロ仕様のシステムが並ぶ ▲スピーカーの内部で暮らす……というイメージがぴったりの突き抜けた設計を実現 ▲見上げると美しい曲線が描かれた天井の梁。ポルシェ 911の流麗なフォルムと共通する

【施主の希望:枠にとらわれずに好きな空間を作りたい!】

■設計にあたりガレージに対する希望はとくになく、全幅の信頼を置く鶴田さんに全面的にお任せしたという。その代わり音楽を聴く環境作りには、土地のロケーションや造形からこだわった。

そしてクラブで知り合ったというだけあり、音楽に対する考えが共通する鶴田さんに依頼。その際にも細かいオーダーは出さず、ご自身が独身で自由度が高いこともあり「枠にとらわれない自分の好きな空間を作りたい!」と意思表明した。

【建築家のこだわり:建築家としての経験をすべて出し切った】

■特徴的な弧を描いた壁と天井の造形は、邸内から見ると弧に沿ってきれいに棚板がはめ込まれている。「じつは、これは大工さんがかなり苦労をした部分です。棚板の奥と壁との間に隙間ができないように、ひとつひとつ丁寧に成形しているのです」と鶴田さん。

音に対する強いこだわりが妥協のない作り込みを実現し、美しい機能美が完成したという印象だ。「これまでの経験をすべて出し切りました」という鶴田さんの言葉が納得できる。

■主要用途:専用住宅

■構造:木造2階建(木質ラーメン構造)

■敷地面積:492.22平米

■建築面積:60.57平米

■延床面積:92.63平米

■建築施工:渡辺健建設事務所

■建築設計・監理:鶴田伸介/熊工房

■TEL:03-3469-6773

■音響施工:田口和典/田口音響研究所

■音響設計・監理:鶴田伸介/熊工房 田口和典/田口音響研究所

text/菊谷聡

photo/木村博道

※カーセンサーEDGE 2017年7月号(2017年5月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

関連記事リンク(外部サイト)

2トーンの瀟洒な外観に秘められたロータス専用ガレージ【edgeHOUSE】
愛車と人の空間を巧みに結んだファクトリーハウス【edgeHOUSE】
表と裏を繋ぐ一方通行のトンネルがある家【edge HOUSE】

日刊カーセンサーの記事一覧をみる
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。