分岐した先にあった本当の終わりに向かう漫画『ディエンビエンフー TRUE END』――未完、と二度の打ち切りというバッドエンドからトゥルーエンド、そしてその先に/漫画家・西島大介さんインタビュー(vol.3)
漫画家・西島大介さんの代表作でもあるベトナム戦争を描いた『ディエンビエンフー』は、角川書店、小学館と出版社を変わりながら描き続けられてきた。そして、「ホーチミンカップ」というトーナメントバトルのさなか、12巻で『IKKI』版の『ディエンビエンフー』は物語が完結せずに終了した。物語は未完のままで終わるかと思いきや、双葉社から声がかかり『ディエンビエンフー TRUE END』として連載が始まった。『TRUE END』は最速3巻で完結するということが決まっている。
2月10日には2巻が発売され、2月14日には双子のライオン堂からベトナムについてのエッセイ漫画『アオザイ通信完全版#2 歴史と戦争』も発売になり、9月には最終巻3巻の発売も決まっている。代表作でありながらも、二度の雑誌休刊に立ち会い、3社の版元を渡り歩くという文字通り「ドロ沼の戦争」「終わりなき戦争」と化した大長編『ディエンビエンフー』シリーズについて西島さんにお話を聞かせていただきました。
■3巻までしか出せないから生まれた『TRUE END』構想
―― 『IKKI』版が全巻12巻まで出て、『月刊アクション』で連載する前にはクラウドファンディングしようかなって話もされてましたよね。
西島 移籍先が見つかる前ですね。2014年に『世界の終わりのいずこねこ』という映画をクラウドファンディングで作ったことがあったので、二度の未完に見舞われた『ディエンビエンフー』なら、「自費でも続きを読みたい」という読者はいてくれるだろうとは思いました。
クラウドファンディングのコンサル担当の方とも打ち合わせを重ねましたが、クラウドファンディングはピンポイントで盛り上がるけどじわじわとは広がりにくいし、ワガママな僕が「お願いします、お金をください」っていうのも違うなと判断しました。
―― その流れで『ディエンビエンフー』の設定集でもある画集『The ART of Dien Bien Phu』が出版されたんですか?
西島 設定集はグラフィック社に籍を置くフリーの編集さんからのご依頼でした。実は、双葉社移籍の前に『ディエンビエンフー』継続のためのウェブ媒体が予定されていて、それとセットで設定集の企画が立ち上がりました。その企画は媒体ごと消えてしまって、でも担当さんがせめて画集だけでも出しましょうと言ってくれて刊行したのが『The ART of Dien Bien Phu』です。
―― ウェブ移行の話は知らなかったです。
西島 僕も消えてからどうなったのか知らないです。でも完全に新規にレーベルを作る形だったので、それが動いていたら「TRUE END」と仕切り直さず、13巻以降のトーナメント・バトルを続けられたと思います。
―― そこから双葉社で連載を再開することになったのはどういう流れがあったんですか?
西島 『The ART of Dien Bien Phu』の担当さんは漫画雑誌の編集などの経験を積んだベテランの編集者さんだったので、ウェブ企画が消えたなら別の場所でと双葉社の『月刊アクション』を紹介してくれました。だから設定集はプレゼン資料のようなものですね。
12巻も続くと概要を説明できないし、でも『The ART of Dien Bien Phu』を読めば大体わかる。だから帯も「続きを描く気は200%あります」です。双葉社に打ち合わせに行ったら、『月刊アクション』編集長さんと、編集部内で手を挙げてくれた担当さんがいて、その場で移籍が決まりました。
―― その場で?
西島 ええ、「200%あります」と言いつつ、心のどこかでは「未完も運命、求められないのならば受け入れよう」と諦めていたので、移籍の決定は驚きました。嬉しかったし、帰り道、信じられなかった。
―― 最初の打ち合わせの時点で3巻までって言われてたんですか?
西島 それも含めて、初めての顔合わせでまとまったことです。僕としては、いきなり13巻から載せてくれるのでもいいし、復刊してくれるなら全巻出してくれたら嬉しい。しかし、12冊も引き受けて、そこから続きを描かせるなんて出版社としては難しい。
―― そこで「TRUE END」という発想が出てきた。
西島 僕は、その瞬間までトーナメント・バトルの続きを描く気満々でいました。設定集にもカンボジアの戦士「コンポン」や、CIAの「ショーンZ」ってキャラを描いていますが、彼らを登場させて続ける気でいました。その時、担当編集さんが「実はわたし6巻までしか読んでいない」と正直に言ってくれて。二部からは追いかけられてないと。これはとても勇気を出して言ってくれたことだと思います。
「読者は、ティムと大佐、お姫さま、ヒカルの結末が知りたい」とのことで、なるほどそうだなと思いました。連載作品として美しい形がまとまっているのが「IKKI」版第一部で、二部も三部もそうではないし、一部のラストを回収してくれれば読者は一番嬉しいはずだと。
―― まあ、確かにそうですよね。
西島 僕は、第三部のトーナメント・バトル化を間違っているとは思っていなくて、三部は休刊に対するアンチテーゼや悲しみではあるけれど、予定通りでもあるんです。トーナメントを勝ち上がると、ヤーボVSおばあちゃんは避けられないし、お姫さまVSティムにたどり着く。実際設定集に載っている「全体構想図」と照らし合わせても齟齬はない。
―― ストーリー自体はきちんと続いてましたしね。
西島 オリンピックを戦時下に開く意味を登場人物に語らせているじゃないですか。あれは2020年の東京五輪にも繋がる考えです。
―― アンチテーゼが過ぎますけどね。もはや悪意がある(笑)。
西島 ベルリン・オリンピックなんて、ナチスドイツがオリンピックを仕切っているわけで、だからベトナム戦争下で天下一武道会が始まっても間違っていない。
―― オリンピックというのは利用されるものですからね。
西島 古代オリンピックは戦争を止めてまで開催したとJOC(*)も言っています。ね、正しいでしょ、ホーチミン・カップ。
(*)日本オリンピック協会公式サイトより
https://www.joc.or.jp/column/olympic/history/001.html
―― そういうものがきちんと作品の中に入ってる。
西島 だから、第三部はみんなが言うほど間違ってないと思うんです。実は自棄ではなく、むしろ僕のすごく丁寧さが出ている。
―― それが読者に一番伝わりづらい西島さんのいい部分ですよね。
西島 担当さんからそう言われて、その場で思いついたのが「TRUE END」構想です。第一部までしか追えていないなら、そこから飛んでつながる新作を描けばいい。仮に第二部を読んでいなくても、スムーズに読めるように構成できるし、齟齬はない。そうすれば6巻までの復刊で問題ないし、版元のリスクも軽減できる。ただ、11、12巻だけはどうにもならない。トーナメント・バトルはぶっ飛びすぎていて、齟齬が発生してしまう。
―― 夢オチにするくらいしか方法がなさそうですね。
西島 それで、「ああ、黒歴史化」だと思って。三部だけを「なかったこと」にすれば物語は通じる。最小の負担でラストシーンまで持っていけるなと考えました。苦肉の策でもあるけど、発明的でクリエイティヴ。その上で、まだ誰にも明かしていないラストシーンを、会議の場だけでそっと伝えました。そしたら「あ、それはいい、感動」という雰囲気になった。会議室で一体感が生まれて、タイトルも『ディエンビエンフー TRUE END』とその場で決まりました。
―― なるほど。
西島 藁にもすがる思いだったから制約の中は総受けで、とにかくズタズタになってもエンディングまで行くぞと、『IKKI』休刊時とは全く逆の発想です。
物語が分岐して新しい世界線が立ち上がるってことだから、今っぽいなとも思いました。『エヴァンゲリヲン新劇場版Q』とか本当にそうだし、僕はゼロ年代批評を間近に見ていたけど、周回遅れでノベルゲームのマルチエンドみたいになっちゃったな、僕がって。
―― 双葉社の編集者さんが3巻まで出せますと言わなかったら、『TRUE END』構成も出てこなかったわけですね。締め切りだったり作品に対する負荷だったり制約があるからこそ、作品の全体像や長さが決まってくるということはありますもんね。
西島 いつもそうですよ。アレハンドロ・ホドロフスキーのように途方もない作品を夢想して、現実にはそれが収まらなかったっていうのとは違って、僕はいつも出版社の元、担当さんと打ち合わせをして、ある程度の制約の中で漫画を描いています。担当さんにもいち社会人として節度を持って接しているつもりです。作品の中で暴れているだけです。「ひらめき☆マンガ学校」(*)でもいつも言っていることですけどね。
(*)西島大介&さやわかによる漫画のワークショップ。初期のテーマは「マンガを描くのではない。そこにある何かをそっと漫画と読んであげればいい。」で、谷川ニコ、ふみふみこ、しまどりる、米代恭らヒット作家を輩出。現在は比治山短期大学美術科や、東京工芸大学伊藤剛ゼミ、東浩紀のゲンロンスクールにて「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」としても開講中。
―― 締め切りやそういう幅があるからできることだったり、作れるということがありますからね。
西島 角川版と『IKKI』版、立て続けに未完だから、その反動で今回こそは絶対に終わらせますって誓いました。これ以上読者をがっかりさせたくないし、期待には応えたいです。ラストシーンを見たら「西島先生、愛あるじゃん!」って言って欲しい。
―― 本当にいい流れですよね。普通なら不貞腐れてしまうような状況なのにそうはならずにいたからこそですね。
西島 別に悪い人がいるとは思ってないですからね。
―― 状況に関して誰かのせいにしてしまってもいいのにしてないし。
西島 誰のせいにもしてないですね。恨まない。感謝〜(ブルゾンちえみの真似で)。
―― それがあるからこそ双葉社に繋がったんですね。西島さんのポジティブさとか含めた結果というか。
西島 でも、僕という人間に直接会う前、作品から先に知ってくださる人には僕はすごい怖い人に思えるみたいです。特に原稿がなくなっちゃった本(*)は、代理店レベルの仕事の際には先方の方は必ず読んでいるみたいです。『月刊アクション』編集長さんも読んでくれていました。
(*)2007年、出版社に預けていた発表前の『世界の終わりの魔法使い3 影の子どもたち』の合計67ページのマンガ原稿が、不明の事故によって紛失されるという出来事が起きた。その事件の当事者である西島さんが描いたセルフ・ドキュメント・マンガ『魔法なんて信じない。でも君は信じる。』(2009年)。
各話毎に大谷能生の注釈論考(消えたマンガ原稿、マンガ原稿は何からできているのか、マンガを読むこととイメージを私用するということ、個人向けモニターとしてのマンガ、マンガにおけるオリジナルとコピー)が書かれている。
出版社と著者のお金に対するやりとりや責任問題などかなり生々しいが、金銭問題よりは漫画とはなにかという問題がより鮮明に表出してくる。描き下ろしというスタイルのために1ページあたりの原稿料はどうなるのか? という問題は『IKKI』版の振り込まれていた原稿料との対比としても見ることができるかもしれない。
―― あれ読んで会いにきたらダメでしょ、そりゃあ、怖いでしょうよ(笑)。
西島 だから、人間としてできるだけ普通に、常識的にいたいと。
―― でも、間違った内容ではないですよね、あの本自体は。
西島 原稿紛失について、訴えるでも騒ぐでもなく「書籍にする」という行為が異様なんだと思います。でも議論の本質は、原稿制作がアナログからデジタルに移行していく状況下において、原稿一枚の芸術的価値はありうるのかという話で、口幅ったい言い方かもしれませんが、現代アートの領域です。それを割と大衆的なレーベルで出版している。額装原画や高画質プリントをアートといって並べるの、嘘っぽくない? という素朴な疑問と検証。
―― 『魔法なんて信じない。でも君は信じる。』で描かれていることの一つは複製とオリジナルをめぐる問題ですからね。
西島 そう、だから僕が描いてる作品とテーマが同じなんです。『世界の終わりの魔法使い』もそうだし、『ディエンビエンフー』だってフェイクな立場で真実が描けるかどうかという試みです。
―― 西島さんの漫画にはその要素があって、面白いと思ってる人の中には複製とオリジナルをめぐる問題に興味があると思うんですよ。無意識でも反応してる人もいると思うんですが、それを嫌みだと思うのかな。
西島 それが出版されるという現象はやはり「嫌味」に思えるのかも。それを異様だと感じるんだと思います。どうしてこんなことができるの? って。でも『魔法なんて信じない。でも君は信じる。』のラスト、編集さんと仲直りして恋が芽生えそうな展開とか、作り話であるのだけど原稿出てくるとか本当に僕らしい味付けだなって思います。強烈な批判があって、でも作品を駆動させる燃料はいつも「愛」。でも伝わりにくいですよね。
―― なかなか伝わらないでしょうね。『TRUE END』は3巻まで出せるって言われた話に戻しますけど、それで方向性が決まったということでしたが。
西島 はい。出せるのは3巻までと言われて、「大丈夫、最短コースなら完結まで行ける」と思いました。『TRUE END』は発明的なシリーズです。ホーチミン・カップ大好きなファンにだけ申し訳ないけれど、「また未完か」という読者の期待には答えらえるはず。
―― ホーチミン・カップ好きな人は好きだと思いますけどね。
西島 いや僕も好きだし、筋も通ってるけど。読者からしてみたら「投げ出した」というふうに見えるものですか?
―― ベトナム戦争の話を読んでて、そもそも第二部の次にトーナメント始まるとは思わないですよ。
西島 「そう来るとは思わなかった」って度肝を抜かれる瞬間が好きなので。
―― みんな戸惑ったと思いますよ、「なぜ今なんだ?」って。
西島 雑誌が休刊するとみんなしんみりしがちだけど、「くよくよすんなよ、顔上げていこうよ!」っていう僕からの『IKKI』へのエールでもあります。失敗じゃないよ、いいじゃん、悲しい現実をふざけ倒して乗り越えるぞっていう。伝わりにくいかな。
―― 思いっきり伝わりにくいです(笑)。双葉社での『IKKI』版の6巻まで復刊して、プラス3巻で完結、第二部は復刊なしというプランは変更ないんですよね?
西島 「Netflix」からアニメ化の依頼がまだ来ていないので(!)、変更ないですね。僕にとって第二部はとても重要ですけど、今のところ復刊はありません。『IKKI』版の流通在庫を探してください。森達也さんの『ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー』を参考にして、フエ王宮まで取材に行って、それを史実のテト攻勢と重ねて、エディ・アダムスの写真論まで持ち出して、二部はテーマが深くて本当に大満足なんですけど、大佐やティムと比べると、割とみんなザーロン帝とかクオン・デとかどうでも良さそうなので。
―― まあ、どうでもいいって思っちゃいますよね。
西島 どうでもよくはないよ。でも、双葉社さんの判断にはすごく感謝しています。『月刊アクション』は他社での連載を引き継いで掲載している作品がいくつもあります。大ヒットした高野苺さんの『orange』もそうです。『ディエンビエンフー』もそうありたいです。
―― じゃあ、慣れてるんですね。
西島 そうみたいです。恩情のある出版社だと思います。だからこそ3巻で、最短最速で完結させます。
―― 2巻まで読みましたが、確かに完結しそうな勢いですね。
西島 嬉しい! でも、改めて思うのは『IKKI』の三部は2巻でしたけど、『TRUE END』全三冊ってプラスたった一冊なわけだから、どうしてこの「最短最速」が当時できなかったのかって・・・。なぜあの時に完結の逆を望んでしまったのかという。
(vol.4に続く)
取材・文/碇本学
<プロフィール>
西島大介/漫画家
1974年、東京生まれ。90年代末からイラストレーターとして活躍。2004年『凹村戦争』(早川書房)で漫画家としてデビュー。以降、『世界の終わりの魔法使い』(河出書房)、『ディエンビエンフー』(小学館)、『すべてがちょとずつ優しい世界』(講談社)、最新作『ディエンビエンフー TRUE END』が現在、『月刊アクション』で連載中。音楽活動としてDJまほうつかいとしてHEADZより『Last Summer』など音源をリリース。また、アート活動してクレマチスの丘NOHARAにて「ちいさなぼうや」展などを開催と活動は多岐に渡っている。
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