地下に埋もれた都市空間、失われた旧文明をめぐる冒険
2014年に発表された、ポストアポカリプスSFの新作。〈大惨事〉として記憶されているできごとで旧文明が瓦解してから数百年後、人類は地下に新しいインフラと社会を築いていた。地下都市はひとつひとつが国家であり、そのあいだに細々と連絡はあるようだが、基本的にあるところで生まれた人間はその都市のなかで一生を終え、外の世界にふれることはない。原題はThe Buried Life。これに「墓標都市」という邦題をあてたのはじつに巧い(書店で手に取りたくなる)。「Buried」を辞書で引くと、「bury(葬る・埋葬する・埋める)の過去・過去分詞」のほかに、「終身刑(長期刑)に服している」「独房に監禁された」という意味が載っている。この題名には、物理的に地下にあるというだけではなく、閉塞感が含意されているのだろう。
〈大惨事〉がどういうものであったかは、まったくといっていいほどふれられない。ひとびとは過去に興味を持っていない。というよりも、興味を持つきっかけを与えられずに育っている。歴史学者は存在するが、彼らの研究成果は一般に供されることなく、都市を統治している評議会にのみ奉仕する。旧文明が蓄積した技術や知識もすっかり途絶え、どういうものがあったかという記録さえ伝わっていない。その「失われた知識」が重要な役割を果たすのだが、それが明らかになるのは物語の終盤であり、途中までは復古趣味調(それこそシャーロック・ホームズが活躍したロンドンのような)の都市リコレッタで起こった、謎めいた殺人事件をめぐるミステリーとして進行する。
最初に殺されたのは歴史学者カーヒル教授。自宅の書斎で撲殺されており、凶器らしきものは残されていない。捜査のため市警察から現場へ赴いたリーズル・マローンは、治安の良い高級住宅街で殺人事件が起こった事実よりも、教授の書斎に並べられたおびただしい書物に驚く。これが終盤、事件の背後に立ちあがる「より大きな謎」へとつながっていくのだが、この時点ではさりげなく言及されるだけだ。
この捜査においてマローンと組むことになったのが、新人のレイフ・サンダーだ。ベテランでタフな女性捜査官(マローン)と、若く才気に富む(いいかんじに軽い)男性捜査官(サンダー)の組みあわせ。異なる個性がぶつかり、だんだんと息が合っていく様子も面白く、バディものとしても良くできている。
『墓標都市』にはバディがもうひと組あって、こちらも男女の組み合わせだ。孤児院育ちで、いまは富裕層を顧客とする洗濯稼業を営んでいる行動力のあるジェーン・リンと、彼女と同じアパートに住み新聞記者として日々スクープを探しまわっているフレドリック・アンダースだ。ジェーンは顧客の家に仕上がった洗濯物を届けにいったとき、偶然、殺人犯と遭遇してしまう。さいわい気絶させられただけで無事だったが、そのことでマローンと知りあい、彼女の捜査に協力することとなる。フレドリックは仕事柄、記事のネタにつながるという好奇心半分、ジェーンの身を案じることが半分とったかたちで、首を突っこむ。彼自身にも危険が及ぶのだが、そこはジャーナリスト魂で怯まない。ジェーンとフレドリックの相性も、なかなか良いバランスだ。なにより、定型的な恋愛関係にしないのが気持ちいい。
惜しむらくは、地下都市光景があまり描かれないことだ。リコレッタがどんな構造をしているかは、細美遙子さんが「訳者あとがき」で端的にまとめてくださっているので、それを引用しよう。
リコレッタは地下に広がる大都市—-直径八百メートル、街の端から端まで数キロメートルにわたってのびる広大な柱状空間、脊椎(スパイン)を中心として縦横に広がるトンネル網からなる都市国家だ。密集するアパートや街路、頭上を走る懸垂型車輌—-都市空間のすべてが地下にあり、地上にはほとんど使われることのない出入り口用のポーチが墓標のように建ち並ぶ。
おそらく映像化すれば、ひとめでその異様さがわかるだろうが、文章で読んでいるとゴミゴミした界隈、社会階級によって住宅区域の雰囲気ががらりと変わってしまう都市という印象ばかりが先立つ。しかし、要所要所では、私たちが日常を送っている生活空間とは根本から違うことがハッキリと表現されている。
たとえば、ジェーンとフレドリックは捜査の過程で、上流階級の舞踏会へと潜入する。そのとき、移動手段としていったん地上へ出るのだ。ジェーンは「本当に地上を通っていけるの? そんなことして大丈夫なの?」と心配する。無意識のうちに地上が禁忌の対象になっているのだ。アシモフ『鋼鉄都市』で、過密のドーム都市に暮らすひとびとが広場恐怖症に陥っているのと似ている(とはいえ、『墓標都市』はそこまで強い禁忌ではなく、意志で乗りこえられる)。
また脊椎(スパイン)に沿うように水平方向の移動が通常の地下都市だが、クライマックスでは激しい垂直移動が描かれる。物語の上でも大きな動きだが、演出的にもみごとで、さらにいえば「Buried」な状況を打開するものでもある。
この作品はシリーズ化され、すでに最終巻の第三部まで発表されているそうだ。次巻では、本書の主役たちが別な地下都市で冒険するらしい。
(牧眞司)
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