「記憶の風景にいつも桜の木がある」。庭に桜の木を植えている人に話を聞いてみた
今年も桜が咲き、そして儚く散ろうとしている。多くの日本人にとって、桜は特別な存在。しかし、不思議と自宅の庭に植える人は少ないように思う。もちろん、桜のような大木が陣取れるスペースがないというのもあるだろう。それ以前に、そもそも庭の植栽としてはあまり好ましくないともいわれる。
果たして本当だろうか。その真偽も含め「庭木としての桜」を知るべく、自宅の庭に桜の木があるという人に話を聞いた。「桜が身近にある暮らし」とは、いかなるものなのだろうか?
家族の記憶の中に、いつも桜の木がある
お話を聞かせてくれたのは寺島はなえ(仮名)さん60歳。都内にある自宅にはソメイヨシノ、八重桜、枝垂れ桜、山桜、寒桜などが植えられ、振り返る思い出の中にはいつも桜の木があるという。
「庭の坂の中ほどの一番大きなソメイヨシノは、私が物心ついたときからそこにありました。幼いころ、よく兄と登って遊んでいましたね。八重桜の木と並んで立っていて、順番に咲くので長く楽しめました。12歳のときに家を建て替えたのですが、工事のときに根を傷つけられたのか八重桜は折れてしまい、幼心にもとても残念に感じたことを覚えています。
家が建て替わり、門の脇にソメイヨシノ、和室前の庭に山桜などが新しく植えられました。特に母が好きで、いろいろな桜の苗木を買ってきては庭の坂に沿って植えていましたね。それらはまだ小さな木でしたが、兄妹の成長に合わせるように大きくなっていきました。特に、門のそばのソメイヨシノは外にせり出すように大きくなり、あたり一面に桜の絨毯(じゅうたん)ができていました」【画像1】毎年春になると、石畳の上に美しい桜の花びらの絨毯が現れる(写真提供/寺島はなえさん)
日本映画のような情景が脳裏に浮かぶ、美しい回想である。華やかで、どこか淡い。桜の木とともに語られるエピソードには、なんともいえないノスタルジーがある。
「桜の木々が大きくなると、家族や友人、知人を招いたお花見が恒例になりました。子どもたちの卒業式、入学式の記念写真にも必ず桜の木がバックにあります。毎年、段々と色づき、膨らんでいく桜のつぼみを眺めては、季節の移ろいを感じましたね。
私や兄に子どもが産まれてからは、それぞれの子どもたちのために梅の木や桃の木が植えられ、私の2人の娘が小学校や中学校に上がるタイミングで、やはり桜の苗をプレゼントしました。娘たちはそれを『自分たちの桜の木』として庭に植え、毎年その成長を楽しみにしているようでしたね」
桜の木が紡ぐ、世代を超えた家族の物語。娘さんにもお話を聞いた。
「私が大学を卒業するころには幹の太い立派な木に育ち、祖父母が植えた桜の大木に交じって花を咲かせているところを見ると、とても感慨深かったです。そんな庭がある家に生まれ、自分の桜の木が育つのを見られて本当に幸せだったと思います。
小さいころから電車通学だった私は、門の脇にある桜の木越しに母に手を振り、駅に向かっていたことを思い出します。社会人になってからも、桜の季節になると心機一転、『今年度も頑張ろう』と気持ちがシャンとするきっかけを与えてくれたように思います。
やはり公園などにある桜とは全く違い、家族のことを見てくれている、守ってくれているような気がしましたね。今は実家を離れましたが、門の脇にある太い幹を見ると、いつも『帰ってきたな』と感じることができました」
苦労など吹き飛ぶくらい、良い思い出ばかり
こうした思い出の裏で、やはり桜という特殊な庭木ならではの大変さもあったという。
「桜吹雪もそれはそれできれいなのですが、桜の季節は雨が降ることも多く、一気に散って花びらがみっしりと張り付いた石畳の坂は、自動車のタイヤがずるずると滑り少し危険でした。秋の落ち葉を掃除するのも大変でしたね。
害虫も多く、季節になると植木屋さんのまく消毒薬のにおいに悩まされたりもしましたし、大きく枝を広げると下の植物に日が当たらず、小さな植物が枯れていきました」
でも……と母娘は笑うのだ。「そんなの全て吹き飛ぶくらい、良い思い出しかありません」
確かに庭木には向かないかもしれない、と寺島さん。しかし、苦労を帳消しにして余りある喜びを、桜の木々は与えてくれたようだ。
最後に、じつはこの桜の木がある実家は、マンションに建て替わることが決まっている。はなえさんにとっては半世紀以上ともに生きた桜の木との、別れの時が近づいている。
「先日、娘が家の前を通りかかったら、多くの桜が無くなっていたそうです。私にとっては想像もできない姿。悲しいので、マンションが完成するまでは前を通りたくないですね」
喜び、郷愁、そして悲哀……、桜とはやはり、特別な感情を抱かせる存在のようだ。そんな桜の木とともに歩んだ寺島さんの人生は、とても豊かなものに思えた。●あわせて読みたい
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