#BFF Niky Roehreke × wagashi asobi interview
手作りや愛のこもったおいしい料理が増えれば、世界はもっとよくなるんじゃないかな
世界中を旅するノマド・アーティストであるNiky Roehrekeが、敬愛するwagashi asobiのアトリエを訪問。互いの制作へのスタンスや、世界の見方について語り合った。そんな二組の会話から見えるのは、人間を形成する“食べもの”を、ただ消費するものではなく、それこそバディ(相棒)のように愛情をもって慈しむ姿だ。
−—Nikyは和菓子が大好きなんですよね。
Niky「はい。私は高校までずっと日本にいたけど、ドイツ学校に通っていて、友達もみんなドイツ人で、会話もドイツ語だし、食べるものもドイツのものだったんです。でもお母さんが日本人だから、家では日本語を喋って和菓子を食べるみたいな生活で。私も妹もドイツのケーキやチョコよりあんこが好きだったので、二人でいつもお団子屋さんに行ってました。他とは比べ物にならないくらいあんこが好き」
——あんこの何にそんなに惹かれたんですか?
Niky「あったかい、ほっこりする感じ。ケーキやチョコは美味しいけど、強い刺激だから少しダルくなる。だけど、お餅を食べたらすごく元気になるんです。和菓子のお店に弟子入りしたいと思ったくらい好き。ここ10年くらい日本に住んでなくて、ロンドン、NY、ドイツと色々旅をしてるんですけど、年に一度は日本に戻ってきていて、その度に和菓子はすごいと思うし、なぜもっと盛り上がらないんだろうと不思議です」
——海外では和菓子はあまり売ってないですか?
Niky「NYでは売ってます」
稲葉「修業時代に俺もNYで6年間和菓子を作っていましたが、アメリカで和菓子はなかなか売れないですよね」
Niky「確かに。和食が好きな人なら興味を持つけど、一般の人には難しいかも」
稲葉「すごいお金持ちとか、オリエンタルマニアの人が食べてみることはあっても、日常的ではない。食事はデイリーでもお菓子になるとちょっとスペシャルな嗜好品になるから、馴染みあるものの中で良いものを選ばれるが多いですよね」
——それに海外では和菓子の材料が手に入りにくい。
稲葉「そうですね。和菓子の食材はNYに売っていないので、日本からの輸入頼りでしたね。だから代わりになるものを常に探していました。例えばグリルドチキンの上にのっていたローズマリーがすごく良い香りで、このハーブをよもぎや、肉桂の代わりに見立てて和菓子が作りたいと試行錯誤して、いま販売しているローズマリーの落雁ができたみたいに。
そんな環境でもニューヨーカー達に『和菓子の歳時記やおいしさ』を紹介してきたのに、いろいろな事情でで、NY店を閉めることになり、和菓子ファンになってくれた人たちから和菓子を取り上げるのも僕たちになっちゃって。それがすごく悔しくて、帰国してからもいつでもNYに行けるようにと和菓子作りをより一生懸命やるようになりました。一生懸命やっているうちに和菓子の本質を見るようになりました。どんどん研ぎすまされるというか、余計なものが排除されていって、NYへのリベンジよりも、手の届く範囲でこの素晴らしい和菓子文化を楽しんでもらう活動を精一杯やろうと思えてきたんです」
——今では招聘されて海外でも「旅するひよこ」を作るワークショップを開いてますよね?
稲葉「パリでのイベントの日がイースターの翌週末で、イースターの卵が一週間たってひよこになったよというコンセプトで始まりました。世界中のどこにでもある地元の素材でひよこの形の和菓子が作れます。僕が行けなくても、世界中をひよこが旅しているんです」
Niky「うわあ、とても素敵です」
稲葉「それに和菓子を買って食べてほしいというより、和菓子という文化や日本人の季節感を感じてほしいんです。例えば日本人には桜が咲いても、散っても綺麗だなあという季節の変化を楽しむセンスがあって、それをお菓子にして食べちゃうという一番食いしん坊なカルチャーが和菓子。その文化はすごく面白いし、外国人から見てもきっと面白いはず。だからそれを伝えて、彼らの生活の中でも何か季節感を取り入れていったり、誰かに喜んでもらうアクセントとして食べ物にメッセージを込めるということを出来たらいいなと。あと、ワークショップをやると、言葉が通じなくてもみんなと友達になれるから、楽しくてやっています(笑)」
Niky「素晴らしい。本当の繋がりとはそういうものだと思う。ハートにあるのは言葉じゃなく気持ちだから、言葉にすると決まった方向に行っちゃうけど、食べることやアートは言葉というフィルターのないところで繋がれる。和菓子そのものが、さっきおっしゃったみたいに季節やあらゆることが詰まっている、すごく特別な存在だと思うんです。おにぎりもそうだけど、日本のそういうのは“手”がすごく大事で、だから食べて特別な気分になるのかなと思ったり。そういうのはあまり洋菓子では味わえない気がする」
稲葉「洋菓子は手で直接作らないですもんね」
Niky「やったとしても焼いちゃう」
浅野「手はすごく敏感で、温度や硬さ、湿度が分かるから効率もよいのかもしれないですね。道具だと細かい部分がわからないんですよ」
Niky「舌でも目でも楽しめて、すごく深いから楽しい。日本でももっと注目されてほしいです」
——食も安心安全を求める傾向が強くなり、オリンピックに向けて日本文化に注目ということもあって、以前より注目は集まっていますよね。wagashi asobiさんも著書を出版されたり、地上波で特集を組まれたりと大活躍されていて。
稲葉「今までの日本は、和菓子屋さんに限らず、ビジネスを大きくすることばかりやっていた気がします。でも自分たちは、ずっとこの商店街にいて、地元の方々に愛されながら、ご飯が食べられればそれで幸せです」
Niky「私もアメリカの島に住んで、そう感じました。トレーラーに住んで、シャワーもキッチンも野外で、夜中にトイレに行きたくなったらヘッドライト点けて外に出てという生活をしてたんですよ(笑)。それまではNYに住んで、エージェンシーにも入ってたけど、みんなお金儲けのことばかり考えてるんだなあという経験をたくさんして、私は絵でお金を儲けたいからやってるんじゃなく、やっぱりハートの中のなにかがあるからやってるわけだから、NYを離れた方がいいと思ったんです。島の生活は都会とは違う意味で刺激的で、自然のド真ん中に生きてると、なにもしてないのに学べるというか。やっぱり都会では”growth”育つことが一番大事で、会社でもどんどん利益を出して、もっと大きくならなきゃいけない。でもそれは自然から離れた考えだと思うんです」
稲葉「なんでも独占しようとしますからね。全部支配しようとする人が多い中で、自分のテリトリーだけをちゃんと持って、あとはみんなとシェアしている状態でいた方が、人と付き合ううえで喧嘩にならないし、一緒に生きていける」
Niky「そうですね。みんなが本当に好きなことを続けていれば、問題は少なくなってくと思う」
稲葉「好きなことをやるための嫌なことはわりと我慢できちゃうし、『好きなこと以外はやらない』と本気で決めると意外とやらないで済んじゃう。角が立つかもしれないけど、周りでも色々な無理をしてまでお金儲けをしたかった人がうまくいかないことが多いんですよね。それも“such a thing”(どうでもいいこと)で、そういう人と付き合わなければ、いろんなことがシンプルになる。そうやってシンプルにやれている人の方が少ないのが現実ですけどね」
Niky「そういうことも、食に置き換えるとすごくシンプルだと思うんです。例えば誰かを憎くて傷つけようと思っている人が、その前にお家で彼女やお母さんが手作りした料理を『どうぞ』と出されて、それを食べて後に果たして人を傷つけることができるかなと想像したり。結局、世界の問題は“食”なんじゃないかと思う。もっと手作りとかおいしいご飯を増やしたら世界はよくなるんじゃないかな」
稲葉「そうですね。和菓子の用途は、ほとんどがギフト。誰かが誰かにあげる『ありがとう』や『おめでとう』『元気だしてね』というメッセージの代わりにお菓子を贈る、その部分を肩代わりするだけの仕事であって、和菓子職人がどんなにいい材料を使ってすごい技術で作っても、お母さんが子供のために作ったおやつには絶対敵わない。なぜなら、その人同士の関係性がすごく清らかなものだから。その関係やお菓子には適わないとわかってないと、高い材料を使って高級品を作ればいいと勘違いしてしまう。そうじゃないよなあというのはいつも自分たちに課しています」
浅野「私はアーティストと言われるのが嫌なんです。いま、アーティストになりたがっている職人が多いんですよ。食べ物なんだから『おいしい』が一番大事なのに、ヴィジュアルに走って、本来おいしいはずのものが干からびて展示されていたりするのはなんだかちょっと悲しい気がします」
稲葉「アーティストは表現者でメッセージを持ってる人。見た人が和菓子をアートと評価することはあっても、誰かの気持ちを代弁する作り手がアーティスト気取りをしちゃいけないと思っています」
—wagashi asobiさんは自分ではない誰かの想いを伝えるために作るスタンスですが、和菓子をツールとして自己表現している人もいる。その違いですかね。
浅野「ああ、そう考えるとしっくりきます」
Niky「wagashi asobiさんで販売されているのは2種類だけど、HPのアルバムにはいろんな和菓子が載っていますよね。あれは特別にオーダーされたものなんですか?」
稲葉「そうですね。先ほどの話にも通じますが、僕と浅野がそれぞれベストな和菓子を1点ずつ出したのが羊羹と落雁。その二つで販売経路も絞り、この街に来ていただくための動機となるような名物となりたいというのが自分たちのやり方です。なので、それ以外の創作的なお菓子はあまりお受けしていません。それでも作るのは、例えば、地元の方から定年退職の御礼にしたいと何ヶ月も前からお願いされていたもの。『信託銀行で働いているので、信託をテーマにしたい』というお題をいただき、島根県の出雲出身で、定年退職されたら奥さんと戻られるというお話だったので、出雲の酒と出雲の桜の花の塩漬けで作った生地とあんこを使って、信じて渡してるような形をした和菓子を作りました。お酒は栄えるという語源もあり、清めるものでもある。信託とはお互いに栄えていくためのお仕事だろうし、嘘偽りのない清らかなものであると考えお酒を用いました。醸して香りが開く、花が開くというダブルミーニングなどを考えて作りました」
Niky「深い。やっぱり和菓子はすごい」
稲葉「僕じゃなくてもいいようなものは作りたくないので、最初から『お任せいただく条件で作ります』とお伝えしていて。何回もインタビューを重ねて、人柄やいろんな情報を集めて小さい一個のお菓子に落とし込む。想像を越えるようなものを作れるように一ヶ月はもらいます。そうして作っても、その方の会社に対する感謝の気持ちには及ばない。それでもご依頼を受けたのであれば精一杯作ることで、いろいろ繋がっていったら面白いかなあって。そういうものの積み重ねがあのアルバムです」
浅野「出雲の桜、綺麗ですよね」
稲葉「マカロンと和菓子は着色料が入ってるとカラフルで喜ばれるんですよ。でも他の食べ物は色素が入ってたらみんな嫌がるじゃないですか。桜の和菓子とうたっていても桜から持ってきてなかったりする、そういう加工はそろそろバレるんじゃないかと思って。バレたらみんな和菓子から離れるかもしれない。その前にもっと嘘偽りない天然の素材で作っていたいんです」
Niky「嫌かもしれないですけど、やっぱりアーティストですね(笑)」
浅野「こういうのは嫌じゃないです(笑)」
浅野「Nikyさんが使っている画材はなんですか」
Niky「水彩やアクリルなど色々です。でも自分で花や葉っぱから色を作ったり、もっとそういうことをやろうと思っていて」
浅野「いいですね。よく田舎を『なにもないところです』と言うけど、全てあると思っていて。すべての根本だし、自然から教えてもらうことがいっぱいありますよね」
——Nikyは島暮らしの後、作品が大きく変わりましたよね。
浅野「植物を使った絵が多いのは島暮らしの後?」
Niky「はい。仕事がたくさん入ってくるようになるまでは、もっと“自分”みたいな作品が多くて、クライアントにどう応えればいいかわからないのが問題だったけど、仕事しているうちに、気がつけば求められることを描くのがうまくなってしまって。今の日本の女の子が可愛いと思うものを描けるようになったから、どんどん仕事も入ってくるようになったけど、それは違うと思ったんです。クライアントも含めて人をハッピーにするのは好きなんだけど、もっと本質的に自分のアートで幸せになってほしい。ただ、可愛い作品は描けるけど、本当に自分がしたいことが昔みたいに簡単に出てこなくなっちゃったところがあるから、今はもう一回それを出す修行をしてるというか。そこに戻るために、こうでありたいと思う自分になってみる実験をしてます。作品を作る前に人間として、例えばゴミを作らないとか、自分が思う生活ができるかやってみる時期、かな。だから全てのあり方に流れがあって、無理をせず、自然の状態を受け入れているwagashi asobiさんたちは理想です」
稲葉「やるべきことが見えてきてやるということは違和感がないんだけれど、身体をこわす、時間がない、ストレスが溜まりすぎちゃうとか、そういうのは嫌ですよね。たくさんの注文とか断っちゃいます(笑)。自分たちの中で“必然性”という言葉を大事にしてて、例えばワークショップをやるにしても、どこかの商業的な施設のお客さんを集めるために僕たちがお金で雇われてというのはやりたくない。でも、和菓子というカルチャーを誰かに知ってもらうためだったら無料でもやりたいかもしれない。なぜ僕たちがそれをやるのか、自分たちのアイデアや心と重なってるかどうかみたいなことで仕事を選ぶように気をつけてます」
Niky「私も常に自分のやりたいことばかりしてたらお金がどんどん少なくなってきたんですけど(笑)、次のステップのための、今はなにかの間にいる気分でいます。そして準備ができたら、いつかは絵本を作りたいです。なんか、やりたくないという怒りを持つより、自分の好きで信じてることを常にやり続けてる方がいいエネルギーも集まってくるじゃないですか。今の日本の状況も、政治やあらゆる企業のこともそうだけど、見てたらイライラしてきて反対する気持ちがすごくあったけど、日本に生まれ育ったし、日本によくなってほしい気持ちがあるから、怒って『間違ってる!』となるより、例えばwagashi asobiさんの和菓子や、私ならアートで『楽しい』を増やして、みんなが自然と『こっちが楽しいじゃん』ってピースフルな進化を遂げることができるといいなと思います。昔はデモで政治を変えたりしてたけど、今はそういうのじゃなくて、『楽しい』を増やして革命を起こす、そういう方向がいいのかなって。なんでこんな話になったんだろ(笑)」
稲葉「文句を言ったり、対抗するなにかをやってても、その人を意識してるうちはそこを越えないだろうし。まるっきり違う次元で自分たちがやりたいことを、みんなが楽しくなるようにという思いやりを持って、人のためになることをやれたらいいですよね。いろんな事柄に対して、対立すると共感は生まれないじゃないですか。同じ方向に立てるようにして共感を持てば方向を変えてくこともできると思う。お互いを理解し合うことと、尊敬して愛して感謝していればピースになっていきますよね」
Niky「みんなで和菓子を食べてピースになりましょう(笑)」
photo Shuya Nakano
text&edt Ryoko Kuwahara
Niky Roehreke
日本、アメリカ、ヨーロッパを行き来しているノマドアーティスト。東京にてドイツ人の父と日本人の母の間に生まれる。ロンドンのセントラルセントマーチンのグラフィック学科を卒業後ブルックリンに移転し、イラストレーターとして仕事をはじめる。5年間のNY生活を経て、2014年にワシントン州のオーカス島に拠点を移し森の中でキャンピングカー生活をはじめて以来、自然と都会生活を行き来する旅を続けている。イラスト、テキスタイル、グラフィック、ミュージックビデオやアニメーションなど様々なフィールドで活動。ニキの手描きのイラストとコラージュは下書きせずに遭遇的に仕上がる部分へのこだわりがある現在はアートをとおして環境問題、本来存在していた自然と人間を繋ぐ制作を進めている。
http://www.nikyniky.com
wagashi asobi
「一瞬一粒(ひとつひとつ)に想いを込めてつくる。」を理念として活動する、稲葉基大、浅野理生、境野敦士から成る3人の和菓子職人(境野は2016年7月より加入)。東京都大田区上池台のアトリエを拠点に、首都圏を中心に国内だけでなく NYの展覧会参加やParisで茶会を開催するなど海外にも活動の「和」を広げている。著書「わがしごと」(2016/コトノハ https://www.amazon.co.jp/わがしごと-wagashi-asobi/dp/499083352X)
http://wagashi-asobi.com/
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