映画『シン・ゴジラ』に学ぶ理想のリーダー像とは
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7月の公開以来、観客の心を一気に鷲づかみにし、まだまだ人気に陰りが見えない2016年夏最大のヒット作『シン・ゴジラ』。ある人は怪獣映画としての出来を批評し、ある人は『新世紀エヴァンゲリオン』との比較をし、またある人は制作委員会方式の是非に言及。政治家までもが「本当にゴジラが出現したらどうなるか」を熱く語り始めるなど、あらゆる立場の人があらゆる視点で論じる熱狂がつづいています。
そこで今回は本作に登場する各人物に着目し、彼らが見せる様々なタイプのリーダーシップを解説。「この人についていきたい」と思える人物を、劇中のエピソードを交えて紹介します。連載コラム「人生を変えた映画の台詞」番外編。
※この記事は映画『シン・ゴジラ』の内容に関する記述を含んでいます。事前情報なしに作品を楽しまれたい方は、観賞後にお読みください。
自分のことは後回し。巨災対事務局長・矢口蘭堂
のちに「ゴジラ」と命名される巨大不明生物に立ちむかうべく設置された対策本部、通称「巨災対」。事務局長のち副本部長となる矢口はゴジラの進撃を阻止すべく、霞ヶ関のはぐれものや一匹狼、オタク、鼻つまみ者といった変わり種の集まりをリーダーとして牽引していきます。
もとは親の威光を受けた二世議員。各省庁の大臣や首相にさえ臆することなく具申していく、とりわけ言葉の強い人物です。しかし巨災対では言葉以上に行動でリーダーシップを発揮します。そんな矢口の奮闘ぶりを象徴するのが、対策室で部下に「シャツが臭います」と指摘されたシーン。ゴジラ凍結作戦「矢口プラン」を成功に導こうと昼夜を問わず取り組む矢口のくたびれた姿に、メンバーが信頼を寄せていることがうかがえます。こんなに頑張っているリーダーなんだから、確かにシャワーくらい浴びてもいいですよね。
「10年後に自分が総理になることよりも、10年後のこの国のことを考えている」。誰よりもこの国を思い、自分のことはいつも後回しにする矢口。目的達成のために脇目も振らず全力をそそぐリーダー然とした姿には、人を惹きつける魅力がありました。
人の意見に耳を傾ける内閣総理大臣・大河内清次
これが独裁国家なら、人の意見をろくすっぽ聞かず、即断即決で対応を進めることでしょう。しかし民主的な手続きで選ばれたリーダー、内閣総理大臣の大河内は違います。彼はあらゆる方面から意見を集め、人の話を遮ることなく最後まで聞くことのできる人物。一国の首相に選ばれたわけがうかがい知れます。
さすがに東京湾で大量の水蒸気が発生した事案について「巨大な生物と推測されます」との声が上がったときには「馬鹿馬鹿しい」と、まともに取り合いませんでした。しかしどうやらそれが冗談ではなく本当らしいとなってからは、関係閣僚から情報収集を徹底。官邸に集められた御用学者の意見は聞くだけ無駄に終わりましたが、とにかく正確な情報を迅速に求めます。その間、大河内は自分の意見をほとんど口にしません。あくまで判断材料をそろえた上で、ここぞという場面で決断を下す。それが有事における「総理の仕事」。
ゴジラが暴れる都内で米軍が空爆する場に残り、推移を見極める義務があると言い張る大河内。しかし「総理には東京を捨ててでも守らなければならない国民と国そのものがあります。ここは都知事に指揮を任せて退避してください」と説得され、官邸を飛び立つヘリコプターにしぶしぶ乗り込みます。この行動が結果的に裏目に出てしまうわけですが、彼は最後まで人の意見に耳を貸し、納得して受け入れる忍耐のリーダーであり続けたのでした。
NOと言える内閣総理大臣補佐官・赤坂秀樹
内閣総理大臣補佐官は内閣総理大臣に直属し、国家における重要政策の企画・立案を補佐する大事なポジション。中でも赤坂は「国家安全保障」を担当し、巨大生物ゴジラの出現にあたっては「影のリーダー」として事の対処に当たります。
赤坂の持ち味は「NO」と言える毅然とした態度。ゴジラ対策における意思決定の場にアメリカ側の人物を常駐させろという米国大統領特使の高圧的な要求に対しても「その申し出はお断りします」と、きっぱり。国家の不利益につながりかねない要求などに、するどくメガネを光らせます。
有能であるがゆえに、誰に対しても遠慮のない物言いをする赤坂は、ときには人に理解されないこともあるのでしょう。閣僚のほとんどがゴジラの犠牲となる中、運良く難を逃れ、結果的に官房長官に「出世」した彼にむかって「政治家に必要なのは強運だよ」と口にする者もいます。それでも彼は自分のやるべきことだけを真摯に、現実的に進めていきます。
「360万人の避難民がいる瀕死の国を立て直す、新たな内閣が必要だ」「この国はスクラップ・アンド・ビルドでのし上がってきた。今度も立ち直れる」。赤坂の力強い言葉には「将来の総理大臣」もちらつく頼もしいリーダーシップが感じとれました。
泥をかぶる内閣総理大臣臨時代理・里見祐介
ゴジラが放った閃光によって現職総理や大臣が死に追いやられたのち、誰もやりたがらない「絶望の中で指揮をとるリーダー」を引き受けることになった元農林水産大臣の里見。部下から重要な報告を受けた直後に「(ラーメンの)麺が伸びちゃったよ」と呑気に愚痴をこぼす姿は、覇気のない風貌とあいまって、一国のリーダーらしからぬ頼りなさを感じさせます。
わけあってゴジラを何としても消し去りたいアメリカが熱核爆弾(水爆)を東京に落とすから容認しろと通告してきたときも「かの国はなんでも言ってくるんだねえ」と、どこか他人事。時の総理として核の使用を認める法案に判を押さざるを得ない状況でも「こんなことで歴史に名前を残したくなかったなあ」と、やっぱりぼやきモード。本当に彼がリーダーで良いのでしょうか。
ところが日本の危機を救ったのは、里見の「影のファインプレー」のおかげ。臨時代理とはいえ一国の総理大臣が、某国の大統領ではなく格下の駐日大使に深々と頭を下げるという、プライドをかなぐり捨てた行動が「矢口プラン」を水面下で支えました。貧乏くじを引き、泥をかぶることもまた、局面に欠かせないリーダーシップです。
本音を隠さない未来の大統領候補・カヨコ・アン・パタースン
祖母が日本人であるというアメリカ上院議員の娘、カヨコ。親の七光りである以上に若くして才能を見込まれ、ゴジラに関する特命を受けて来日した大統領特使の彼女は言わば、アメリカ側の顔。ゴジラに関する機密情報を与えられていることもあり、日本側に対してずいぶんと上から目線の態度をとります。「あんた、バカァ?」とは言いませんが、英語なまりの妙な日本語でズカズカと要求を突きつけてきます。
40代で米国大統領になる野望をもつカヨコにとって、まどろっこしい物言いは時間の無駄。事を最短で進めたく、喜怒哀楽も本音も隠しません。巨災対を代表する矢口に対して早いうちから「どうも日本の敬語が苦手なの、そろそろタメ口にしてくれる?」と提案したことも、力のある相手方のリーダーと一気に距離を詰めようとする意図がうかがえます。アメリカという国を代表してここにいる、という使命感もあるのでしょう。
ゴジラ駆除のため、アメリカ主導で東京に熱核爆弾を落とす決定がなされたとき、カヨコは矢口に対して本音をぶつけます。「祖母を不幸にした原爆を、この国に3度も落とす行為をさせたくない」 。背負っている母国に楯突いてでも曲がったことはさせないし、その気持ちを露ほども隠さない。このまっすぐさが彼女の魅力であり、のちに世界をリードすることになるであろう資質なのかもしれません。
以上、5名の登場人物をピックアップしてみましたが、いかがだったでしょうか。他にも「礼はいりません、仕事ですから」の台詞がシビれる統合幕僚長・財前や、総理に対して眼光するどく「撃ちますか!? いいですか!?」と迫る防衛大臣・花森、「まずは君が落ちつけ」と矢口をたしなめる保守党第一党政調副会長・泉など、本作には魅力的な人物がたくさん登場しています。あなたにとって「この人のもとで働きたい」と思える人は誰ですか?
『シン・ゴジラ』
(C)2016 TOHO CO.,LTD.
2016年7月29日公開
文:松岡厚志
1978年生まれ、ライター。デザイン会社ハイモジモジ代表。ヨットハーバーや廃墟になったプールなど、場所にこだわった映画の野外上映会を主催していた経験あり。日がな一日映画を観られた生活に戻りたい、育児中の父。
イラスト:Mazzo Kattusi
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