『千日の瑠璃』38日目——私はラジオだ。(丸山健二小説連載)

 

私はラジオだ。

偏に運に恵まれたおかげで今でも愛用されている、鉱石の検波器を使ったラジオだ。むかしの話をあまり好まぬ、特に軍隊時代の話は絶対にしない男と共に、私は激動の数十年を生き抜いてきた。かつて彼は、何かの祝いにもっと性能のいいラジオを贈られたことが二度あった。しかし彼は二台とも孫にやってしまい、決して私を手放さなかった。

だから私は、せめてもの礼にと、死んだり離れたりして遠のいた身内や戦友の声に似た懐かしい声だけを選び出し、それをより強調して、彼の心の奥へと送りこんだ。そして、家族に見棄てられた彼が、傷心を抱いて、うたかた湖の風の影響を受けない山腹にへばりついた町営の老人ホームへ移ってからは、私たちは心友の間柄となった。

周囲の者にはかならずしもそうは見えていないようでも、誰がどう言おうと、現在の彼は幸福そのものだった。私が懇切丁寧に語って聞かせたニュースをひと晩できれいに忘れてしまうために、彼は毎日新鮮な驚きを堪能することができるのだ。現に、彼はきょうもまた感嘆の声をあげた。「おっ、天皇が死にかけてるぞ!」と叫んでから、「どうだ、おれはまだ生きてるぞ!」と叫んだ。そのあと二時間ほど経って、彼は「静かにしろ、オオルリの声だ!」と叫んだ。彼の言う通りだった。だが、天皇の件はともかく、青い鳥のさえずりの件は私の与り知らぬことだった。
(11・7・月)

丸山健二×ガジェット通信

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