乱暴な言葉の使いかた

レジデント初期研修用資料

今回はmedtoolzさんのブログ『レジデント初期研修用資料』からご寄稿いただきました。

乱暴な言葉の使いかた
状況に火がつくと、たいていの人は足がすくんで立ち止まる。不明の状況にあって、動くことを決断するのは大変で、止まるとたいてい、状況はもっと悪くなる。

最初に動いて、乱暴な言葉で大声を張り上げて、背中を押せる人が、だから必然的にリーダーになる。“怒鳴りかた”にも文法があって、単に大声を出せる人と、大声で指示を出せる人とは異なってくる。

−人望のあるイワシはいない
イワシの群れのどこかにも“頭”に相当する個体がいる。“リーダーイワシ”は、人望があるとか、他の個体より頭がいいとか、リーダーシップにつながる何かを持っているわけではなくて、単に“一番最初に舵(かじ)を切った”ということが、その個体を暫定的なリーダーに押し上げている。群れの生き死にがかかっている状況にあって、まわりの情報を把握できている個体がいないのならば、最初の判断を行った個体に、群れはそのままついていく。

選択肢を明らかにした上でお互いの落としどころを探る、説得的な、相手を穏やかに誘導するようなやりかたは、状況に火がついたときには遅すぎる。

体験したことのない状況に置かれた人は、誰だって立ちすくむ。航空機事故において、あるいは避難訓練の現場において、飛行機のドアを出て、下に置かれた脱出用のスライダーに飛び降りるのは怖いことで、それが訓練と分かっていても、誰もがためらって、脱出はそこで遅延する。前の人が首尾よく滑っても、後ろの人はまたためらって、脱出はいつまでも終わらない。

こういう状況で、遅延を減らすのに効果があったのは、耳元で誰かが「飛び降りろ!」と叫ぶことだったんだという。「飛び降りろ!」という乱暴な言葉は、他の選択肢を遠ざける。今の状況で、自分にはどんな選択肢があって、どれを選択するのが一番ふさわしいものなのか、立ち止まってしまった人は、「飛び降りろ!」という乱暴な言葉をぶつけられて、考えるのを止めて言葉に従う。

心肺そ生の講習会では、最初に“それを行うことの大切さ”を講義する。病院のような場所でない、心肺そ生を知らない人がほとんどを占めるような場所で心肺そ生を行う際には、周囲から「何してるんだ?」とか、「プロに任せたほうがいいのでは?」とか、あるいは「病人を動かすな」とか、現状維持を支持する声が厳しくて、心肺そ生を続ける気力を削いでいく。「それが大事なことなのだ」という信念を持っていないと、それを続けることは、しばしば困難なんだという。

−乱暴な言葉の文法
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社長の成功談で聞く類型のひとつとして、目標はコントロールできる形にしておかなければならない、というものがある。営業職の人に、○○円を売り上げろ、という目標は筋が良くない。売上金額というのは、営業職ひとりでコントロールできるものではないからだ。彼がコントロールできることは、何日間で何人と会う、とかそういうことだ。
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引用:「コントロール幻想」 2011/05/06 『β2』
http://d.hatena.ne.jp/kkbt2/20110506/1304695049

乱暴な言葉は、相手に刺さる。人を動かしたいときに、特に今すぐに動いてほしいときに、乱暴な言葉は有効で、それを上手に使える人は、いいリーダーになれる。

乱暴な言葉には、相手の思考を遮る効果がある。遮るのだからこそ、指示は具体的でないといけないし、言葉を受けたその人が、自分の管理下で実行できるものでないといけない。それができないのなら、乱暴な言葉の効果は、リーダーシップにはつながらない。

田中角栄氏は、秘書の人に言伝をするとき、こんな表現をしたんだという。
・「この金は心して渡せ。ほら、くれてやるなんていう気持ちがお前にかけらほどもあれば、相手もすぐ分かる。それでは100万円の金を渡しても、一銭の値打ちもない。届けるお前が土下座しろ」
・「人に金を渡すときにはいつでもピン札で渡せ。ハダカで渡すな。失礼になる。必ず祝儀袋に入れろ。折り方を教えてやる」
・「世の中というのは何を持って二代目を一人前と見るかといえば、それは葬式だ。親父の葬式をせがれがきちんと取り仕切れるか、それを見て判断する。葬儀委員長の人選を誤るな。誰もが納得する人になってもらいなさい。自分勝手にやるな。父親と一緒に汗を流してきた友人に弔辞を読んでもらいなさい。葬儀委員長がそうした仲間なら、その人にやってもらうのが一番だ」

田中角栄氏の言葉というのは乱暴で、親方的で、上から目線で暑苦しくて、それでもなお、こういう人がリーダーにならば、たしかに誰もがついていくだろうな、という説得力がある。「これをやれ」という指示が明確で、実際にその人が“できる”ことしか言わないから、それを聞いたら、誰もが即座に行動できる。

人々を出口に誘導するときには、たとえば「出口に向かって動け!」よりも、「前に走れ!」のほうが、出口を探さなくていいぶんだけ、乱暴な言葉としてはより正しい。「命令に従え。さもないと」という脅し文句も人を動かすためには有効だけれど、何よりも“命令”部分が具体的で、それを受けた人がすぐに実行できるものでないと、“さもないと”の言葉に効果が出ない。

「おなかすいた! ご飯まだ!」と叫ぶのは、単なるうるさい子どもであって、リーダーならば、「冷蔵庫見た! 今日はカレーがいい!」と叫ばないといけない。
「絶対に引くな! さもないと会社は潰れるぞ!」なんて相手を怒鳴って、選択肢を根こそぎ奪ったその状況で、じゃあどうすればいいのか、それを怒鳴れない人は“うるさい大人”であって、リーダーじゃない。

今怒鳴っているその人は、単に大声を出す人なのか、それとも大声で指示を出せる人なのか。乱暴な言葉を聞いたときには、区別したいなと思う。

執筆: この記事はmedtoolzさんのブログ『レジデント初期研修用資料』からご寄稿いただきました。

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