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江戸と超常現象が共存する西條奈加『睦月童』

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 どんなに好きな分野でも、たいていの人には手薄な範囲というものがあるのではないだろうか。歴女といっても、石器時代や縄文時代についてはよく知らないとか。ジャニーズファンであっても、もはやあおい輝彦やフォーリーブスについては詳しくないとか。甘いもの好きとはいえ、落雁とマシュマロは苦手だとか(これは私です)。個人的な話題をもうひとつだけ。本好きを名乗りながらも、なんとなく敬遠しがちでごくたまにしか読まずに来たジャンルが私にはある。それが時代小説とファンタジーだ。

 実はホラーなども好んでは読まないのだが、これについては特に問題とは捉えていない。きっぱり縁のないものとして距離を置いておけばいいだけの話だから。しかし、時代ものやファンタジーについては、映像で観るのは好きなのだ。時代劇に関していえば、小学生のときには”水戸黄門と大岡越前ではどちらがおもしろいか”でクラスメイトと言い争ったこともあるし(私は大岡越前派)、中学生の頃には”遠山の金さんと暴れん坊将軍ではどちらがイケているか”で友だちと口論になったこともある(私は暴れん坊将軍派。「松平健に似ている」と言われることがあるので、肩入れする気持ちもあり)。また、ファンタジーでは「ハリー・ポッター」シリーズや「ナルニア国」シリーズなどの映画が好き。だが、文章で読むとなると敷居が高く感じてしまう。しかし、映像で観るのはおもしろいのだから活字でも読まないともったいない気がする。だが、文章で読むとなると…(以下、エンドレス)。

 そんな私の前に現れたのが本書。時代小説かつファンタジーだ。これは、宮部みゆきの時代ものでよく見られる組み合わせである。宮部みゆきは好きなのでたまに思い立って読んでいる間は「おもしろいなあ」と思うのだが、本質的には疎遠なものと疎遠なもののカップリング、それに手を出すのは危険な賭けとも言える(昔、元チェッカーズのリーダー・武内享が「あんこが嫌い。鳩も嫌い。そのふたつが合体して、あんこを塗りつけた鳩が寄ってきたら失神する」といった発言をテレフォンショッキングでしていたことを、いま唐突に思い出した)。

 結論から言うと、『睦月童』は”あんこを塗りつけた鳩”などに例えるようなものではもちろんなかった。本書においては江戸の風物と超常現象があまり違和感なく共存していて、私と同じように時代小説やファンタジーをあまり読まないような読者でも抵抗なく読めるのでは。日本橋の国見屋は、上方から仕入れた上質な酒を卸す酒問屋。17歳になる主人公の央介はこの店の跡取り息子だ。悪い遊びを覚えたのは1年ほど前からで、得体の知れない遊び仲間とつるんで家に戻らない日も珍しくない。この家にひとりの少女がやって来た。実年齢は10歳だがずっと幼く見える、ひどくやせて垢抜けない女の子で、名前をイオという。この田舎者まる出しの貧相な少女を、しかし央介の父親で国見屋の主人である平右衛門は、大切な客人としてもてなすよう息子や奉公人に申し渡す。実はイオには不思議な力が備わっており、心にやましさがある者は彼女の目を見ると手の付けようがないほど取り乱してしまう。彼女の力によって、出来心から悪事を働いたことが明るみに出た央介。すっかり改心した彼はイオとともに、江戸で起こる事件の数々を解決するようになる。しかし、彼女の出生の秘密が明らかになったことで、思いも寄らぬ運命に巻き込まれていくふたり。イオの故郷である睦月の里の人々を救うため、央介たちは旅立つが…。

 この物語ではまだ子どもである少女をメインに据えながらも、世間のどろどろした側面やさまざまな差別が隠し立てなしに描かれている。央介からして盗みや女遊びに手を染めた過去についての記述があるし、男社会の中で女が生き抜く苦労にも言及される。現実の社会は多くの矛盾を内包するが、かといって睦月の里がパラダイスなわけでもない。ラストはこの後どうなっていくのかといろいろ考えさせられる書き方になっているが、理想郷にはほど遠い世の中であっても当たり前の暮らしが幸せなのだということだろう。時代が変わっても異世界であっても、人が求めるものにそうそう変わりはないと、この小説は気づかせてくれる。

 著者の西條奈加氏は、2005年に『金春屋ゴメス』で第17回日本ファンタジーノベル大賞を受賞。特に初期の作品において、時代小説とファンタジーを融合させた作品が多かったとのこと。個人的には元芸者のお蔦さんとその孫の中学生・望の探偵コンビが活躍する、現代ものの〈お蔦さんの神楽坂日記〉シリーズ(『無花果の実のなるころに』他/東京創元社)が好み。こちらもぜひ。

(松井ゆかり)

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