グラフェンにノーベル物理学賞

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有機化学美術館・分館

今回はさとうさんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。

グラフェンにノーベル物理学賞
当日は所用があり、ノーベル賞の発表をリアルタイムで見ることができませんでした。で、用事が終わってから『Twitter』にアクセスしてみたら(これが一番手っ取り早い)、

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@Nobelprize_org
2010 Nobel Prize in Physics awarded to Andre Geim & Konstantin Novoselov for ” two-dimensional material graphene”
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ツイートへのリンク
http://twitter.com/Nobelprize_org/status/26442436226

グラフェン? ぐぐぐグラフェン? ちょっと! 他に炭素であるでしょ! ほれ、筒のやつ!*1 細長いの! 受賞者2人でしょ? まだ枠ひとつ空いてるでしょ! 今からでも遅くない! スウェーデンの人! 1人追加でお願い!
うーん、ダメかなあ。まあそういう判断だから仕方ないですが。

*1:世界を変えるか・驚異の新素材カーボンナノチューブ
http://www.org-chem.org/yuuki/nanotube/nanotube.html

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さてグラフェンとは何か。実はある意味非常に平凡な物質で、最も身近な元素である炭素が、下図のように最も見慣れた形――すなわちカメの甲――に並んだものです。

グラフェンにノーベル物理学賞

しかもグラフェンは、身近にも存在します。グラファイト(黒鉛)がそれで、鉛筆のしんの素材としておなじみです。ただしグラファイトはグラフェンの層がたくさん積み重なったもので、鉛筆で字を書くというのは、グラフェンの層を紙にこすりつけていく作業なのです。そして1層だけのグラフェンは様々な面白い性質を示すであろうことが多くの理論計算から予想されていたのですが、その“1枚だけを引きはがす”ことが難しかったのです。

ところが今回の受賞者A. Geimは2004年、驚くべき技術で世界で初めてこの引きはがしに成功しました。何のことはない、グラファイトをセロテープで挟み、ペリッとはがす操作を繰り返すという、小学生でもできるローテクでした! それまでいろいろな方法で多くの人が挑んだグラフェン単離に、こんな簡単な手で成功したのだからわからないものです。

グラフェンにノーベル物理学賞

こうやって挟んではがす。なんという原始的テク。

もちろんこの発見だけでノーベル賞が転がり込んだわけではありません。得られたグラフェンは非常に安定かつ硬く、結晶格子に欠陥が見られない(ハチの巣状の構造が完ぺきに保たれている)すばらしい素材でした。さらに電子移動がどんな物質より速く、量子トンネル効果など興味深い性質が観察されます。これを利用し、太陽電池やタッチスクリーン、高速トランジスタなどへの応用が期待されています。化学賞でなく物理学賞に選ばれたのは、このあたりが原因でしょう。

単純な実験から生まれたグラフェンは、かつてのフラーレンやナノチューブに勝るとも劣らないフィーバーを研究者の間に巻き起こしました。現在では化学蒸着法によって大面積のものを作れるようになっており(論文*2)、有機合成によるアプローチも盛んに行われています。後者については『現代化学2009年8月号』*3 に記事を書きましたので、興味のある方は図書館などで探してみてください。

*2:Large-Area Synthesis of High-Quality and Uniform Graphene Films on Copper Foils『Science』
http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/324/5932/1312

*3:『現代化学 2009年 08月号』
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B002GP07G4?ie=UTF8&tag=ksatohsofficw-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B002GP07G4

さて今回の受賞で特徴的なのは、Geimのポスドク*4 であったK. Novoselovが共同受賞している点で、過去に例はないでもありませんが、たいていはボスだけの受賞になる中、少々異例です。このためNovoselovは36歳での受賞となり、近年では最も若い受賞者の1人となったようです。

*4:博士研究員(はくしけんきゅういん、postdoctoral fellow)とは、博士号(ドクター)取得後に任期制の職に就いている研究者や、そのポスト自体を指す語である。英語圏での略称であるpostdocに倣ってポスドクと称されたり博士後研究員とも呼ばれる。
参考:フリー百科事典『Wikipedia』「博士研究員」

そしてもうひとつ面白いのは、Geim教授は2000年に、ノーベル賞のパロディ版であるイグノーベル賞を獲得している(!)という点です。この2冠達成は史上初で、ある意味ノーベル賞2度よりも難しい離れ業を実現したことになります。ちなみにその際の“功績”は、「カエルと力士を浮揚させるための磁石の使用に対して」というもので、磁気浮上という現象を示すためにカエルや力士を浮き上がらせて見せた――そうです。『Wikipedia』のイグノーベル賞のページには、下の生きたカエルが浮上している写真がありましたが、ぜひ力士の写真か動画を見たいところです。

グラフェンにノーベル物理学賞

こうしたユーモラスな発想が、コロンブスの卵というべき実験につながった――のかどうかはわかりませんが、こういうのがイギリス精神なんだろうかという気はします。今回日本人の受賞はなりませんでしたが、若きノーベルローリエイトと、前人未踏の2冠王の誕生に、心からの祝辞をささげる次第です。

執筆: この記事はさとうさんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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