ノーベル化学賞にR. Heck・鈴木章・根岸英一の3氏

有機化学美術館・分館

今回はさとうさんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。

ノーベル化学賞にR. Heck・鈴木章・根岸英一の3氏
ついに、と言っていいと思いますが、クロスカップリング反応にノーベル賞が出ました。5年前、「そろそろ出るかな」と思ってこちらのページ * を書いたのですが、これが今ごろになって効いてきて、今日は筆者の元にも晩飯を食べるヒマもないくらいに取材が殺到しました。先ほどラジオでしゃべり、明日もテレビ東京などの取材を受けることになりました。まあちょっとしたバブルというか、うれしい悲鳴というところでしょうか。

*:「炭素をつなぐ最良の方法・鈴木カップリング(1)」 05.3.30 『有機化学美術館』
http://www.org-chem.org/yuuki/suzuki/suzuki.html

「ノーベル賞は、個人でなく分野に与えられるものだ」という言葉があるそうですが、今回の“パラジウム触媒によるクロスカップリング反応”はまさに本命中の本命、有機化学で出るならここだろう、と思える分野でした。鈴木−宮浦カップリング * の解説ページで述べた通り、この反応の用途は医薬・殺菌剤・液晶・有機ELなど多方面に及び、医薬だけを取っても年間数千億円レベルの売上をもたらしていますから、その人類への貢献度は計り知れません。クロスカップリングに賞を出すのは全く問題なし、ただその中でだれに与えるかというのは大変な難問で、今回の決定にもいろいろな見方があるだろうと思います。何しろこの分野は、貢献した人が多すぎるからです。

昨日のラジオでの解説で、3氏の業績をどう位置づけるかという質問を受けました。筆者は「パラジウムによるC-C結合生成という分野を切り開いた Heck教授が織田信長、それを受け継いで発展させた根岸教授が豊臣秀吉、そして最終的に完成形といえる反応を開発し、いわば天下を取った徳川家康に当たるのが鈴木教授」という表現をしました。まあこれが当たっているかどうかはみなさんの判断にお任せしますが、他にも寄与をした研究者は数多く、まさに戦国時代の様相ではありました。

触媒的カップリング反応を切り開いた熊田誠、玉尾皓平、R. J. P. Corriu、J. K. Kochiら、酸化的付加などの概念を確立して有機金属分野を開拓した山本明夫、人名反応に名を残している宮浦憲夫、薗頭健吉、右田俊彦、小杉正紀、J. K. Stille、溝呂木勉、檜山為次郎、S. Buchwald、J. Hartwig、パラジウム化学を大きく発展させた辻二郎、B. M. Trost、柴崎正勝などの各氏は、だれが受賞してもおかしくなかったように思います。すでにこのうち何人かは鬼籍に入っていますが、ともかく日本人だけで2ケタに上ろうかという貢献者がいる中、3名に絞るのは大変な作業であったろうと思います。誰もが納得する「解」は、まずありえません。受賞した3氏の業績には全く疑問の余地はありませんが、受賞に至らなかった他の研究者たちとの間に一線を引き、峻別(しゅんべつ)することは果たしてよいことなのだろうか? という思いはどうもぬぐえません。

日本人2人の受賞は大いに誇るべきことであり、我々後進の者にも元気と希望を与えてくれるものであったと思います。しかしこの業績はすでに30年以上前のものであることは銘記すべきでしょう。研究費削減など逆風の吹く中、どこまでこの伝統を守り通せるかとやや心配でもあります。

まあせっかくの慶事に、景気の悪いことばかりをいうのはよしましょう。まずは受賞した3氏に、心よりの祝辞をささげたいと思います。そして先人の開いた道をさらに拡げていけるよう、微力をささげてゆきたいと思う次第です。

執筆: この記事はさとうさんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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