なぜ日本では楽しみとしての科学が定着しないのか

センス・オブ・ワンダラー

今回は渡部拓也さんのブログ『センス・オブ・ワンダラー』からご寄稿いただきました。

なぜ日本では楽しみとしての科学が定着しないのか
科学は楽しい。科学は面白い。これらは僕にとって自明のことです。
ですが、悲しいことに、“楽しみとしての科学”は日本では定着していません。科学は難しいものだととらえられ、一部の人たちが関わっているものと思われており、敬遠されています。

みなさんは科学が好きですか? 難しいだろうとは感じながら、面白い科学をもっと手軽に楽しみたいと思ってはいませんか? 僕は、日本には科学好きが少なくとも1000万人はいるのではないかと見込んでいます。でも、もしかしたらその大半が科学の楽しみ方を知らないのではないでしょうか。

僕は科学が大好きです。だからこそ、より多くの人に科学を楽しんでもらいたい。では、僕にはそのために何ができるのか、何をしたいのか。それを考えた結果、とりあえずブログでまとめることにしました。

さて、“楽しみとしての科学”の現状を把握することにしましょう。日本の現状と、欧米、特にアメリカの現状を比較してみます(ときどきヨーロッパ代表でイギリスも出てきます)。

アメリカの現状
アメリカでは“楽しみとしての科学”はかなり普及しているように思います(少なくとも日本よりは)。それは、サイエンスライターが大活躍しているからです。サイエンスライターというのは科学のことを面白く書いて科学好きに届ける人のことです。

アメリカで有名なサイエンスライターといえばアイザック・アシモフやジョージ・ガモフ、マーティン・ガードナー、スティーヴン・ジェイ・グールドなど大勢います。アメリカ(ヨーロッパも含めて)のサイエンスライターたちは科学の面白さを伝えるのと同時に、科学の啓蒙(けいもう)をしています。つまり、正しい科学を人々に認知してもらおうと奮闘しているのです。

なぜかというと、欧米、とりわけアメリカには、驚くべきことにまっとうな科学を否定する人々や組織が存在するからです。その筆頭はキリスト教ですが、ほかにも創造科学やサイエントロジーなど、無数の怪しい宗教組織があります(科学的組織と自称しているところもありますが、どれもこれも“自分たちが信仰していることを広めようとしている”宗教組織です)。

アメリカは国のトップたる人物(ブッシュ前大統領)が「学校で進化論を教えるならば(神が生物を創ったとする)創造論も教えないとフェアではない」と言ったこともある、なんともまあ悪い意味で愉快な国です。

そんな科学否定組織の脅威に、多くのアメリカ人がさらされています。土台にキリスト教があるわけですから、「神が生物ひいては世界をお創りになり、我々は科学によって神の叡智(えいち)を解き明かそうとしている」などなどと吹き込まれて、簡単に信じてしまう。最近では彼らは“神”という言葉を使わず、“全能の存在”とか“何者か”という言葉でごまかしていますが、神を言いかえたにすぎません。

ですから、サイエンスライターたちはまっとうな科学を否定する連中を相手にものすごく頑張っているのです。そんなわけで、アメリカでは“敵”が存在するため、多くのサイエンスライターが生まれ(科学者であることが多い)、育っているというわけです。“楽しみとしての科学”はサイエンスライターのおかげで普及しているのです。

まあ、ご存知かもしれませんが、科学側の熱心な啓蒙(けいもう)にも関わらず宗教側はしつこく、巧妙で、どこにでもわいて出てくるようで、必ずしも決定的な成果を挙げられてはいないようです(基本的には科学側が勝つんですが、宗教側は勝敗などどうでもよく、自分たちが認知されることを目的としています)。

日本の現状
ところかわって、我が日本。サイエンスライターという言葉は最近輸入されてきたばかりで、この肩書きを自称する人はまだまだ少数です。

『生物と無生物のあいだ』で有名になった福岡伸一さん、科学本を書く人として日本で最も有名であろう竹内薫さんなどはサイエンスライターと呼ぶにふさわしいでしょう。あるいは洋書を精力的に翻訳している渡辺政隆さんや垂水雄二さん、松浦俊輔さんもそうです。

昨年亡くなった日高敏隆さんはサイエンスライターのさきがけとも言える存在でした(まったくどうでもいい話ですが、僕の一番大好きな本『鼻行類』を翻訳してくれた日高さんには本当に感謝しています。この本に出会えてよかった!)。

しかし、一般的にはサイエンスライターという言葉は使われず、科学ジャーナリストという言葉が使われています。僕はこれほど日本の現状を示している言葉はないように思います。

科学ジャーナリストという言葉には“楽しみとしての科学”の要素はまったく含まれていないではないですか! 残念なことに、日本には良質の面白い科学を書けるサイエンスライターは極々少数しかいません(要するに少数の中の少数というわけです)。

幸いにも、日本にはアメリカのような科学否定組織は存在しません(するとしても小規模で影響力は皆無)。科学の敵がいないのです。それならアメリカよりもっと簡単に“楽しみとしての科学”が定着するのでは?

これは甘い考えです。日本人の大半は科学を権威としてとらえているのです。科学は難しいもの、偉いもの、逆らえないもの。そういうイメージがあるようです(本来、科学は権威とは最も縁遠い存在のはずですが)。逆にアメリカでは宗教が権威なので、科学をあっさり否定できてしまうのかもしれません。

もちろん、日本人をむしばみ、食い物にしようとしている巨大な存在はあります。疑似科学だとかエセ科学だとか言われているものです(僕は偽科学という言葉を使いますが、同じ意味です)。偽科学というのは、マイナスイオンを始めとする、根拠も証拠も何もないくせに科学的な装いをしているあれですね。しかし、アメリカの“宗教”とは違い、偽科学はまっとうな科学を否定しません。むしろまっとうな科学の威を借り、世にはびこっているのです。

また、占いやスピリチュアル、パワースポットなども証拠なき戯言です。ですが、それらを信じている日本人は、きっと科学を否定しないでしょう(たとえ進化論を説明できなくても、生物の進化を疑う人はいません……たぶん)。アメリカの創造科学などに“洗脳された人々”はまっとうな科学を否定しますからね。

日本人は科学を権威、難しいものととらえている。日本には科学の敵となるほどの宗教組織が存在しない。偽科学、占い、スピリチュアルなどは科学に反するものですが、これらを信じる人もまっとうな科学は否定しない。

サイエンスライターの不足。これが“楽しみとしての科学”が定着していない日本の現状です。

なぜ日本では「楽しみとしての科学」が定着しないのか
先ほど日本のサイエンスライターを何人か挙げましたが(僕の趣味が出まくっていますが)、繰り返しておきますと、日本にはサイエンスライターが極々少数しかいません。というより、科学を科学好きに伝えるメディアの役割をする人たちが活躍していません。おまけに多くの人に科学は難しいものだととらえられているのです。これでは手軽に科学を楽しむ環境にはほど遠いでしょう。

いったいなぜ?

その最大の原因には、上述したサイエンスライターの不足があげられます。そしてもう一つ、こっちのほうが重要かもしれませんが(サイエンスライターの不足とつながっていますが)、どうも日本のメディアは偽科学を否定するのに躍起になっているようです。

つい先日、ホメオパシー(代替医療)はまったく無根拠で証拠のない偽りのものであるという発表がなされました。あるいは、マイナスイオンが登場したとき、科学者はいの一番にこの言葉をたたきました(科学者もメディアです)。これらは当然必要なことですが、否定することに偏っていてはいけません。

面白い科学を提示しなければ、科学は身近なものにならないのです。ホメオパシーの否定も、僕は多くの人がもしかしたら“科学という権威”による大本営発表のように受け取るのではないかと思ってしまいました(言うまでもなくホメオパシーなんてバナナの皮より役に立たないんですけれども)。

そして、当然のことながら「メディアはどのようにして面白い科学を科学好きに伝えるか」ということも取り上げるべきことがらです。おそらくこれが最も重要になるでしょう。

メディアの数&力&方法の不足。

これが日本で“楽しみとしての科学”が定着しない最大の理由です。

まとめ
“楽しみとしての科学”におけるアメリカの現状と日本の現状はまったく違います。ですから、単にアメリカの真似をすればいいわけではありません。では、日本で“楽しみとしての科学”を定着させるにはどうすればいいか。科学好きに面白い科学をもっともっと伝えられればいいのです。

執筆: この記事は渡部拓也さんのブログ『センス・オブ・ワンダラー』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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