iPadはとても残念なプロダクト

金融日記

今回は藤沢数希さんのブログ『金融日記』からご寄稿いただきました。

iPadはとても残念なプロダクト

最近、僕はとうとう『iPad』を手に入れました。世界中のメディアが狂ったように報道し、数多のカリスマ・ブロガーが絶賛するこの『iPad』を一刻も早くを手に入れようと僕は焦っていました。というのも僕は『iPad』の人気を甘くみていて、5月に予約受付がはじまった時にはすぐに予約しなかったのです。わざわざ予約するために行列していた熱狂的なAppleファンもいました。それで僕も予約しようと思って有楽町のビックカメラに足を運んだのですが、その時はすでに予約が締め切られていました。ようやくAppleから予約受付が開始されたのは、発売日の5月28日を過ぎて、少し蒸し暑くなりだした6月に入ってからでした。僕はちょっと遅めの予約をして、幸運にもその数日後、つまり先週の日曜日に無事に『iPad』を受け取りました。

以上の経緯から明らかなように、僕は『iPad』をとても楽しみにしていました。胸が高鳴っていました。Appleから発売されたこの魔法のようなデバイスを待ち焦がれていたのです。

しかし、実際に『iPad』を使ってみて、僕はがっかりさせられました。ひとことでいって『iPad』というのはとても残念なタブレットPCなのです。期待が大きかっただけに、その落胆もまた大きなものになりました。以下、どうして僕が『iPad』を残念な商品だと思ったのかを説明します。

『iTunes』がイントールされたPCがないとびくりとも動かない
これは僕が勝手に頂いていたイメージなのかもしれませんが、『iPad』というのは今までぜんぜんPCを使ったことがない人でも直感的に使える新しいタイプのハンドヘルドだと思っていました。
だから、僕は買ってきた『iPad』に電源を入れたとき、真っ黒な、全てを吸い込んでしまいそうなあの宇宙の暗黒のような『iPad』の画面の中に、無機質で驚くほど無粋な、そしてクールなAppleのイメージとは程遠い文字で”iTunes”と表示されたときには、いったい何が起こっているのか全く理解できませんでした。僕はただただ何をすればいいのかわからず、その場で立ちすくむしかなかったのです。あの時の恐ろしい焦燥感は今でも鮮明に覚えています。

そして、僕はとうとう恥を忍んでツイッターに助けを求めざるを得なかったのです。大変ありがたいことにすぐに何人かの親切な人達が僕に教えてくれました。そこでわかったのは、『iPad』というのは最初にアクティベートする必要があり、それは『iTunes』が正しくイントールされたPCが必要だということです。「正しく」というのは今にも『iTunes』で買い物ができて、『iTunes』から楽曲などのさまざまな有料コンテンツをAppleからダウンロードできる状態だということです。

これは、なんという自己矛盾!

『iPad』というのはPCを使ったことがない人でも使えるコンピュータではなく、PC、それも『iTunes』というAppleの集金マシーンがインストールされたPCがないと起ち上げることさえできないのです。

無線ルータの設定はかなりハードルが高い
さて、なんとか『iPad』のアクティベートが終わったのですが、そこでまた僕は大きな壁にぶつかりました。よく知られているように『iPad』にはLANケーブルのソケットがない。『iPad』は無線LANでインターネットにつなげることが前提のデバイスなのです。そこで無線LANにつなげようとしたのですが、僕は家の無線LANのパスワードが何なのかさっぱり思い出せません。さすがにこれはツイッターに聞くわけにもいきません。これが会社ならITサポートに電話して「ビジネスが遅れたらどうするんだ。( ゚д゚)ゴラァ」と一言怒鳴っておけばすぐに解決するのですが、自宅ではそういうわけにもいきません。詳細は省略しますが、僕はここで数時間も無線LANの設定に手こずることになります。

つまり、ここまでで何がいいたかったかというと、PCに触ったこともない子供や高齢者に『iPad』をプレゼントしても、それを自分で設定して使える状態にするのは絶望的だということです。『iPad』とはかなり敷居が高いコンピュータなのです。

帯に短し、たすきに長し
しかし、それでも僕はなんとか『iPad』を使える状態にすることができました。僕は昔はプログラマーの仕事をしていましたし、また、大学では大規模シミュレーションの研究でスーパーコンピュータに関わりPhDまで取得していたので、なんとか自分で『iPad』の設定ができたのだと思います。また、僕のツイッターには2万人のフォロワーがいて、そのうちのコンピュータ・サイエンスの専門家が懇切丁寧に『iPad』の起ち上げ方を教えてくれました。

そして、とうとう『iPad』をはじめて使ってみたのですが、最初に思ったことはこれはただの大きい『iPhone』じゃないかということです。『iPad』とともに一週間過ごした今でも、全くその印象は変わっていません。

『iPad』を表計算ソフトやワープロなどの本格的なビジネスユースに使おうと思っている人はそれほど多くないと思われるので、この点に関して『iPad』が貧弱なことは特に問題ではありません。
それではエンターテイメント・マシンとしてはどうでしょうか?

無論、『iPad』には『iPod』の機能が全て内包されているのですが、これほど重くて、価格的にも高価な『iPad』など買わなくても、音楽を聞きたいのなら最初から『iPod nano』を買うべきでしょう。『iPod』機能なら『iPhone』でも完全にカバーされています。

それでは動画はどうでしょうか?いうまでもなく『iPad』はDVDプレイヤーがついていないし、USBソケットもついていないので、DVDプレイヤーとしては使えません。確かに『YouTube』などは画面が大きい分、『iPhone』よりは見やすいですが、だから何だというのでしょうか?『YouTube』を見たかったら、デスクトップやノートパソコンの方がよほど快適です。そもそも動画を見たかったら、テレビや映画館などにかなうはずはないのです。

そして『iPad』が既存のデバイスより唯一優れている、No.1となりうる可能性を秘めているのがウェブ・ブラウザの分野です。『iPad』のタッチパネルのインターフェイスは、ウェブ・サーフィンに関しては、過去何十年も続いてきたマウスという難攻不落の牙城を打ち崩すかもしれないというポテンシャルを感じるのです。それほどまでにページを指でスクロールさせていく感覚はなかなか快感なのです。

ウェブ・サーフィン用のマシンとしては致命的な欠陥を抱えている
しかし、『iPad』には致命的な欠陥があります。Adobe社の『Flash』が使えないということです。『Flash』は現在、ダイナミックに動くサイトを作るときに標準的な技術です。『Flash』が使えないのは『iPhone』でも同じなのですが、『iPhone』の時はあまり気になりませんでした。『iPhone』というのはあくまで携帯電話で、外出中のスキマ時間にニュースやブログをチェックできるという素晴らしい体験を提供してくれます。だから『Flash』が見れないぐらいは大した問題ではないのです。他の携帯電話に比べて、『iPhone』は携帯電話としては圧倒的にすぐれたウェブ・ブラウジング環境を提供していることには変りないからです。

しかし、『iPad』はその大きさや重量からいって、比較されるのはネットブックなどの小型ノートになります。ましてやウェブ・サーフィンはタッチパネルというインターフェイスの特徴を最大限に活用できる分野のひとつで、『iPad』にとっては心臓部です。だから『Flash』のサイトが見れないというのは、あまりにも大きな欠陥に思えます。

『Flash』が使えないのは、Apple社が『iTunesストア』などを通して有料コンテンツの流通を完全に支配したいがための仕様で、ユーザーの利益には大きく反しています。

『iPhone』と同時に持ち運ぶ意味がないし、『iPhone』の母艦にもならない
『iPhone』というのは世界的に大ヒットした大変すぐれた携帯電話で、僕も毎日使っています。しかし、『iPhone』のポテンシャルをフル活用するには母艦となるPCが必要です。ところが『iPad』はこの役目を演じることは絶対にできません。なぜならば『iPad』というのは『iPhone』と同じOSが使われており、要するに機能的には全くもって大きな『iPhone』なのです。だから『iPad』と『iPhone』というのはお互いに補完しあうというよりは、むしろお互いに競合するのです。

現代人の多くが『iPhone』を常に身につけていなければいけないことを考えると、そのパートナーとして『iPad』はむしろ邪魔なのです。『iPad』はなんだか、妾(めかけ)に産ませた、決して本家とは相容れない不幸な私生児のような感じがします。

結局のところ機能だけ考えればあらゆる点でネットブックに劣る
『Flash』のサイトが見れない『iPad』は、ウェブ・サーフィンを含め機能面ではあらゆる点でネットブックに劣ります。たとえば、僕は外出先で原稿を書かなければいけない時でもネットブックでは何の問題もなく書けますが、『iPad』のソフトウェア・キーボードで長文を書くのは大変困難です。また、『iPhone』と『iPad』の組み合わせは不毛で、『iPhone』が必需品だとしたら、そのパートナーは必然的にネットブックにならざるを得ないのです。

こうやってふと冷静になってみると、『iPad』を熱狂的に宣伝していた人たちがどういう人達だったかわかります。

それは『iPad』というプラットフォームでビジネスをしたい人と、莫大(ばくだい)な広告収入を受け取っていたマスコミです。

それによく考えると、『iPad』というのは実際のところ大して売れていません。まだ、世界で200万台程度しか売れておらず、これは任天堂DSの1億3000万台や、ネットブックの数億台、そしてなにより『iPhone』の5000万台に比べれば全く微々たるものです。マスコミが騒ぐほどは売れていないのです。

なるほど魔法のようだったのは『iPad』ではなく、スティーブ・ジョブズやソフトバンクの孫さんのマーケティング戦略やプレゼンテーションの方だったのかもしれませんね。

『iPad』はとても残念なプロダクトでした。

執筆: この記事は藤沢数希さんのブログ『金融日記』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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