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STAP事件簿14 深層(2)自分は判断せず、受け売りを自分の判断にする社会(中部大学教授 武田邦彦)

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今回は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。

STAP事件簿14 深層(2)自分は判断せず、受け売りを自分の判断にする社会(中部大学教授 武田邦彦)

私には、多くの人が必死になってSTAP論文の欠陥を探し、公表し、小保方さんを罵倒しているのか、理解することができない。誰かに迷惑をかけたわけでもなく、論文は面白いし、価値のあることが書かれている。写真を間違えたからと言ってSTAP細胞が消えるわけでもない。

アインシュタインが舌を出したから、相対性原理は間違っているというようなことでに懸命になっているのは理解に苦しむ。また、東大の入学式で、理系の著作権・特許権も勉強しない先生が入学する学生にコピペをしてはいけないと言ったらしい。学者もおカネまみれになった。

私はこの現象を「なぜだろうか?」と考えている。ある心理学者は「単に自分が信じたことが裏切られた(論文はしっかりしているのに)と思ったことの反作用で、マッチポンプ」と解説していた。自分が信じ込んだので、裏切られた感じがするらしい。自作自演だ。

でも、それも科学者としての私は納得できない。なぜだろう? なぜこんなにも執念が続くのだろう? 自分の生活にも関係ないのに??

私は昨日、原因が分かったような気がした。それはこれまで、「侵略戦争」、「東京裁判」、「リサイクル」、「ダイオキシン」、「1年1ミリ」などが問題になるたびに、どうして事実と違うことが社会に広まるのだろう?と訝ってきた答えでもある。

「自分で調べたり、読んだりして、自分で判断し、自分の言動を決める」のではなく、「他人の言っていることで自分の先入観に合うものを事実とする」というまったく私の行動原理と違うことを多くの人がしているからのように感じられた。

「自分の言動を自分の判断で決める」のは、言うまでもなく当たり前と思ってきたが、「自分の言動を他人の判断で決める」というのが普通らしい。そしてほぼすべての人が「自分の言動を他人の判断で決めている」ので、その結果、「極めて少数の人が最初に判断したことが日本全員の判断となり、それが言動になる」という社会現象であると気が付いたのだ。

STAP事件は論文の価値の問題だから、論文を読まなければ価値はわからない。たとえミスがあっても価値がある場合が多く、論文は「ミスがなければ掲載される」のではなく、「価値があれば掲載される」のだから、ミスがあっても掲載自体になにも非難する理由はない。

自分に被害がなく、論文も面白く価値があるのに、これだけ懸命になるのだから、一種の集団催眠現象(大人のイジメ)だが、それが発生するのは誰も自分で判断していないからだ。

「侵略戦争」も、「日本が戦ったのはアジア人ではありません。どこを侵略したのですか?」と聞いただけで答えはない。誰かが最初に侵略戦争と言ったし、それが自分の先入観に合致するだけだ。

「東京裁判」も、「裁く法律がなかったので、リンチですが」と言うとこれも戸惑う。「リサイクルしていません」、「ダイオキシンは無毒です」と言うのも同じで、誰も「リサイクルされている量」を調査していないし、「ダイオキシンの人間に対する毒性論文」も読んでいない。

だから、右から左、左から右へザーッと移動する。誰かが言えば、「俺もバスに」と慌てるのだろう。ぜひ一度、STAP論文を通読して、そこにどういうミスがあるのかではなく、どういう知見を得たかを読んで判断して欲しい。そうしたら、この騒ぎはなくなり、小保方さんは一夜にして、日本の若者のもっともすぐれた人の一人になるだろう。

執筆:この記事は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年04月17日時点のものです。

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