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目に見える形で反論を提示する

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本日採決か継続審議かが決まる東京都の「非実在青少年」規制について、今回は山本弘さんのブログ『山本弘のSF秘密基地BLOG』から転載させて頂きました。

目に見える形で反論を提示する
規制賛成派の意見を見ていて思ったのは、彼らは「表現の自由なんて踏みにじってかまわない」と思っているらしいことだ。

だって“自由”は目に見えないから。

“自由”は空気みたいなものだ。そこらじゅうに存在しているのに、漠然としていて、目に見えない。人はそれに支えられて生きているにもかかわらず、普段、そんなものの存在を意識していない。だから「ちょっとぐらい減っても生きていけるでしょ?」と勘違いする人間もいる。

空気と同じく、“自由”も欠乏したら窒息するということが、彼らには理解できていない。

だから「表現の自由」を錦(にしき)の御旗として振りかざしても、その大切さが分からない人には、アピールしないんじゃないかと思うのである。彼らにはもっと目に見えるものを突きつけなくちゃだめだ。そこで、こんなアピールの方法を考えた。

日本の少年マンガの中で、性的描写や暴力描写が頻出するようになったのは、1960年代末からである。その牽引(けんいん)役が永井豪氏であることは言うまでもない。もちろん他にもエロいマンガやバイオレンス・マンガを描いていたマンガ家は何人もいたのだが、最も有名で、当時の子供たちに最も影響力があったのは、この人だと思って間違いなかろう。

 主要作品   連載期間
『ハレンチ学園』 1968~1972年
『あばしり一家』 1969~1973年
『デビルマン』 1972~1973年
『マジンガーZ』 1972~1974年
『キューティーハニー』 1973~1974年
『バイオレンスジャック』(週刊少年マガジン版) 1973~1974年
『イヤハヤ南友』 1974~1976年
『けっこう仮面』 1974~1978年
『へんちんポコイダー』 1976~1977年

永井氏の人気の絶頂期が60年代末から70年代後半であったことが分かる。
この時代を生きた人なら、『ハレンチ学園』が巻き起こした一大センセーションをご記憶のはずである。これらの作品のどれも、未成年の全裸、セクハラ、下品なギャグ、暴力描写、残酷描写などがてんこ盛りだった。『けっこう仮面』なんか全裸で「おっぴろげジャンプ」をやるのだ。正直、今の少年マンガのエロ(『To LOVEる』 *1 とか)なんて、永井豪作品に比べれば生ぬるいぐらいである。もちろん当時、PTAなどに「有害だ」とさんざん叩(たた)かれた。 規制推進派によれば、こうした作品は「青少年に対し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」ということになろう。つまり永井豪作品のような不健全なマンガが増えることによって、青少年の性犯罪、自殺、殺人などが増加していたはずである。

実際はどうだったか。青少年によるレイプ、自殺、殺人の推移を見てみよう。

強姦(ごうかん)被害者数 *2

g-youjyor1-2

http://kangaeru.s59.xrea.com/G-youjyoRape.htm#G-youjyoR1-2
60年代後半から急降下している。

各年齢層10万人当たりの若者自殺率 *2

jisatuwakamonograph

http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Jisatu.htm
1965年からほぼ横ばい。

未成年の殺人犯検挙人数 *2

g-satujin

http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Satujin.htm
60年代後半から、すごい勢いで急降下!

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