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反日政治の朴槿恵大統領の父親は親日家だった? 韓国では親日リスト入り

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ハンナラ党代表で韓国初の女性大統領となる朴槿恵(パク・クネ)大統領。朴槿恵政権になってから牙を剥いたように反日外交が続き、日本にだけでなく他国にまで日本の悪評を言いふらしている同大統領。そこまでして反日教育で育って来たのだろうかと思うほどである。

しかし調べてみると実はそうでなかった。朴槿恵の父親、朴正煕(パク・チョンヒ)は日本のことを良く思っていたようだ。朴正煕は1979年に暗殺され、その数年前には暗殺未遂の結果、妻の陸英修(ユク・ヨンス)が死亡。
娘の朴槿恵大統領自身はこんなこともあってか、誰も信用できなくなり未だに未婚のままで「私は国と結婚した」と発言するほどだ。

父親の朴正煕は日本では高木正雄と名乗っており、日本国籍を得て満州国から日本の陸軍士官学校に留学。陸軍士官学校卒業後から終戦までは満州国軍の中尉となっていた。日本軍にも自ら志願したほどである。
もちろん自身と陸英修は日本語を流暢に話すことが出来る。またあまり知られていないが朴槿恵大統領も日本語を話すことが出来る。両親が日本語を話すことが出来ればごく当然のことである。

そんな彼が残した言葉である。

日本の朝鮮統治はそう悪かったと思わない。自分は非常に貧しい農村の子供で学校にも行けなかったのに、日本人が来て義務教育を受けさせない親は罰すると命令したので、親は仕方なしに大事な労働力だった自分を学校に行かせてくれた。すると成績がよかったので、日本人の先生が師範学校に行けと勧めてくれた。さらに軍官学校を経て東京の陸軍士官学校に進学し、首席で卒業することができた。卒業式では日本人を含めた卒業生を代表して答辞を読んだ。日本の教育は割りと公平だったと思うし、日本のやった政治も私は感情的に非難するつもりもない、むしろ私は評価している。

上記の言葉は日韓の閣僚たちが日本語で会話をしている最中に、韓国側官僚が過去の日本統治時代を批判する旨の発言を始めたところ、彼(官僚)をなだめるために発言したもの。
そんな言葉を残した彼の妻は在日韓国人の文世光(ムン・セグァン)に頭部を撃たれて死亡。1979年には側近のKCIAにより射殺される。

現在の朴正煕の韓国での評価は如何なものなのだろうか。実は親日家リストに入れられており、あまり良い評価はされていないようだ。もっと詳しく書くと、韓国に存在する『親日人名辞典』が存在しその第一版に記載されている。しかし韓国メディアでは『発表された3095人に朴正煕を入れるべきじゃ無い』という見解もある。

生きていれば96歳だった朴正煕。こういう歴史を体験した人が数少なくなり韓国国内でも実際の歴史を直視出来る人が少なくなるのは実に悲しいものである。
朴槿恵大統領が何故このような反日政治を行っているのか。それは政権的にも自分の立場的にも危ないからである。父親の思いを継ぐのなら歴史を直視してほしいものだ。

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※この記事は、ゴールドラッシュの「ソル」が執筆しました。[リンク]

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