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続・もしお金のない世界だったら

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今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

続・もしお金のない世界だったら

つまりは光合成のスピード以上に、経済を成長させてはいけないということですね。あまりに成長のスピードが速すぎると、自然の回復スピードが追いつかなくなってしまう。

「経済とは光合成である。:誰のためかはわからないグローバルリーダー養成講座(仮)」 2013年07月19日 『ブロマガ』
http://ch.nicovideo.jp/akinico/blomaga/ar292308

ある程度正しいが、厳密には正しくない。我々の生活は光合成すなわち太陽からのエネルギーによって制限されているのは事実。地球は有限なので、農作物を育ててる面積は上限がある。いいかえれば地球が養える生命の数には限りがある。

よくロボットが発達すれば人間は何もせずに生きていけると考える人がいる。ロボットが農作物を作り、人間は座してそれを食べる。余った時間は趣味に使えばいい。働く必要はない。

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それ自体は間違いではないが、仕事のもう一つの側面を考えていない。それは生き残るべき生命を淘汰すること。地球が無限に生命を養えない以上は、何らかの方法で生き残るべき個体を選別しなければならない。

自然界では食うか食われるかの、まさに命がけの生存競争が繰り広げられているわけだ。人間社会の場合も基本的には変わらない。食料を調達できる能力(=仕事の能力)で生存競争をしている。能力の劣った個体は生きる権利を与えられない。

繰り返すけれど、これは地球上で無限に生命が繁栄できない以上は、仕方のないこと。もし誰でも生き残れるようにしてしまうと、人口爆発が起きる。日本の社会は人口が減っているけれど、それは生きにくいからだ。生きやすくしてしまうと、どんどん人口が増えてしまう。その意味では「生きにくさ」も地球の生態系には必要な要素。世界全体では人口が増えているから、もっと人生に絶望し子供を作らず自らも率先して死んでいく人が多い、生きにくい国が増えたほうがいいかもしれない。

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もちろん人口を出産制限とかでコントロールする方法もあるけどね。一昔前のSFとかでは、出産まで徹底的に人間がコンピュータに管理されたユートピア(?)が描かれていた。人間の気まぐれに人口のコントロールを任せていてはダメだ、と。

スペースコロニーとかの発案も地球が有限だという事実を何とかしたかったからだろう。ネットで一部の人がスペースコロニーなんて不要だ。宇宙で生きるよりは深海とかで生きる方がまだ簡単というけれど、そういう次元の話ではないと思うんだよね。地球上のあらゆる場所を人が住めるように開発し尽くしたとしても、所詮は有限。

それが人間の心情にとってなんとも耐え難いので、宇宙を目指すのではなかろうか。

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んで経済の話。上述のように地球が維持できる生命の数は上限がある。ただ経済活動に上限があるかは微妙。エネルギーなら原子力があるし。まあそれも有限といえば有限かもしれないけど、とりあえず太陽からのエネルギーには制限されない。あとは核融合とか。

エネルギーさえあれば資源はなんとかなるかもしれない。使った資源をもとに戻せないのは、エネルギーのコスト的に割に合わないからだから、エネルギーを湯水のごとく使えば、再利用できるものも多いのではなかろうか。地上でエネルギーを使い過ぎると地球の放熱が追いつかず、気温が上昇してしまう危険はあるけど。

エネルギーを直接食べるわけにはいかないから、地球の土地と太陽光によって生命の上限は存在するように思う。食べ物も合成できればいいのかもしれないけど。でも最終的に居住スペースに制限されることには変わりない。地球で生きる限りなんらかの人口の管理は必要。

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人類にはいろんな危機が訪れるけど、そう悲観したものでもないとも言える。たとえば1970年代は公害問題でこの世の終わりみたいに報道されていた。人口爆発による食糧危機も。映画「ノストラダムスの大予言」もそんな世相を背景にしている。1980年代は米ソ核戦争がクローズアップされ、世界は核戦争で滅びると結構本気で心配されていた。1990年代はデフレ不況かな。なんか急にスケールダウンした気がしないでもないが(苦笑)。2000年代は高齢化だろうか。ポジティブに考えれば、我々は過去の危機をそれなりに乗り越えてきている。

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追記2013-07-20

生きにくいから少子化になるんじゃない。生きにくいから人口爆発するのだ。貧しい発展途上国では子供の労働力がアテにされる地域もまだまだ多く、また高い幼児死亡率から、多くの子を産もうという動機が働きやすい。

途上国って生きやすいと思うよ。貧しさや死亡率はまた別な話。現に日本は途上国に比べれば豊かだし死亡率も低いけど生きにくいよね。子供の労働力が当てにされる社会こそが、生きやすい社会。子供では生きていけないのが生きにくい社会。

途上国の「生きやすさ」のまま、死亡率が下がればどうなるか。だから死亡率を下げるなら、途上国はもっと教育を高度化して学歴社会にして、低学歴の人間は生きていけないような生きにくい社会にしなきゃいけない。

基本的に生物というのは増えるようにプログラムされている。一方自然環境はそれを許さない。両者のバランスで生態系は成り立っている。人間の場合も「どこで」調整するか、だ。どこかで調整は行われなければならない。

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年07月22日時点のものです。

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