【日曜版】新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第7回 ペンは剣より強し】

国会開設の勅諭

明治8年(1875)の『新聞紙条例1』と『讒謗律』の公布は、度重なる言論取締りで新聞を苦しめてはいましたが、その勢いを止めるまでには至りませんでした。新聞の大きな転換点となったのは、明治10年に起きた西南戦争です。戦争が始まると、東京の有力紙は競い合うように戦地へ記者を派遣し、戦況を詳しく伝えることで読者を集め、新聞の重要性を強く印象付けました。そして戦後は、もはや武力ではなく言論の力で政府を変えていこうとする機運の高まりとともに、新聞は“自由民権運動”のなかで大きな役割を果たしていくことになります。

新聞、ついに政局を動かす
自由民権運動は、新政府内の藩閥政治を批判し、国会の開設、不平等条約の改正、言論と集会の自由、そして憲法の制定などを求める政治・社会運動でした。全国各地で開かれる演説会などで行われる政治批判を恐れた政府は、前述の『新聞紙条例』『讒謗律』に続いて、明治12年(1880)には演説会を開くときには前もって日時と演説者の名前などを警察に届けることを義務付ける『集会条例』を公布し、さらなる言論弾圧をはかりました。

しかし、政府による自由民権運動の取り締まりの手が厳しくなるなか、一転して新聞が政府を追い詰める事態が起きました。明治14年の『東京横浜毎日新聞』が3日間にわたって伝えた「北海道官有物払い下げ事件」のスクープです。

この記事は、明治2年から13年まで、約1500万円をかけて行われた北海道開拓事業を、薩摩出身の開拓使長・黒田清隆がわずか30万円、しかも無利子30年払いで薩摩と長州の者に払い下げようとし、官界でこれに反対した者は大隈重信のみであったということを暴露しました。

続いて『郵便報知新聞』は4日間にわたる記事で藩閥政治の弊害と、この払い下げの不当性を訴えましたし、それまで“御用新聞”と見られてきた政府寄りの新聞でさえも政府のやりかた攻撃する記事を書くなど、各紙は足並みを揃えて事件を批判したのです。

驚いた政府は、すぐに官有物払い下げを取り消して、国会開設の時期を発表することになりましたが、同時に大隈を参議から追放しています。この事件は“明治14年の政変”と呼ばれ、日本において言論が政局を動かした最初のキャンペーンとなりました。しかし、明治23年(1890)国会が開設されると各政党は大新聞を機関紙化するようになり、その後はさらなる厳しさで言論弾圧が行われるようになったことは、前回に述べたとおりです。

近代国家の成立と新聞の再編
明治20年代は、政治や教育制度の確立による近代国家としての基盤が整ったことにより、新聞社の経営事情および読者と記者の変化をもたらしました。

教育制度は、庶民の識字率を向上させて読書の楽しみを教え、彼らを社会に関心を持つ新たな新聞読者に育てました。この流れを受けて、大新聞は内容を平易にするとともに値下げを行って庶民層を取り込み、販売数を増やして経営の安定化を狙いました。一方、庶民の新聞として発展してきた小新聞は、読者の社会的関心の高まりに合わせて政論記事を掲載するなど、内容において大新聞に近づく傾向にありました。

それぞれの新聞紙面の変化は両者の違いをあいまいにし、新たに“中新聞”と呼ばれる形態が生まれました。このため、大新聞と小新聞は同じ読者層を取り合うことになり新聞社間の競争は激化。淘汰される新聞、成長していく新聞に明暗を分けながら、新聞界の再編が進みました。

新聞記者になる人にも、変化が見られるようになりました。かつては、元・士族の家系の者が記者として名を成すことで政界を目指すことが多かったのですが、平民から記者になり文筆で身を立てようとする者も現れはじめます。

このような状況の下で、福沢諭吉の『時事新報』や、記事の読みやすさを目指した紙面改革を行い、配達による直販を行う矢野文雄の『郵便報知新聞』など、「不偏不党」を掲げて報道を重んじる新聞も生まれるなど、新しいタイプの新聞も作られるようになりました。また、明治22年以降は、新聞のコンテンツとなるニュースの質と量、そして読者層が安定したことから、それまでの“出せば売れる”新聞から“読ませる”新聞へと、新聞の紙面デザインの向上や記事の切り口が工夫されるようになるなど、質的変化が起きていきます。

次回は、明治から大正時代に開花した個性的な新聞たちについて紹介したいと思います。
 
 

■新たに聞く~日本の新聞の歴史~
新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第2回 新聞あらわる!】
新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第3回 創刊するもすぐ発禁】
新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第4回 明治時代のベンチャー】
新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第5回 庶民派新聞の登場】
新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第6回 言論弾圧の嵐】

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Kyoko Sugimoto

京都在住の編集・ライター。ガジェット通信では、GoogleとSNS、新製品などを担当していましたが、今は「書店・ブックカフェが選ぶ一冊」京都編を取材執筆中。

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