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カラオケや清掃のバイト生活を経て27歳で起業「劣等感と向き合ったことで変わることができた」――株式会社エードット 代表取締役社長 伊達晃洋さん【起業家たちの選択と決断】

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大手広告代理店やテレビ局などから「面白そう」「夢がある」と転職してくる人が続出しているという、ブランディング事業を強みとする広告会社がある。率いるのは伊達晃洋さん。27歳で起業し、現在32歳の若い社長だ。

伊達さんは島根の高校を卒業後、フリーター生活を経て、20歳で中小広告代理店に入社。以降、広告・プロモーション分野で着実にキャリアを積んできた。起業から6年目を迎え、会社は急成長を遂げている。そのプロセスにはどんな選択と決断があったのだろうか。

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株式会社エードット 代表取締役社長 伊達晃洋さん

フリーター時代に「このままじゃダメだ」。広告業界に飛び込む

2012年、メンバー2人で、マンションの1室からスタートした株式会社エードット。テレビCM・雑誌広告・ネット広告といった従来型の広告とは異なるセールスプロモーション事業を展開し、毎年約2倍ペースで成長している。

大手広告代理店では手がけないようなアイデアや手法を実現できる環境に惹かれ、大手広告代理店や大手プロモーション会社、テレビ局などからもベテランクラスのプランナーやクリエイターが続々と集結。現在は大手コンビニチェーンのフードブランディング・商品開発、長崎ハウステンボスのPR戦略も担うなど、業界での存在感を強めている。

代表取締役社長を務める伊達晃洋さんは27歳でエードットを創業し、現在32歳。

社会人としてのスタートは「フリーター」からだったという。

「島根県で生まれ育って、地元の進学校に進み、バスケ部のキャプテンとしてインターハイに出場。この頃までは、『自分はイケてる』と調子に乗ってカン違いしてましたね(笑)」

高校卒業後は東京の専門学校に進学する予定だった。その矢先、父から「お金がない」と告げられ、進学を断念。しかし、東京への憧れを捨てきれず、上京してアルバイト生活が始まった。

「カラオケ店スタッフや清掃員の仕事をしていました。ある日、作業着姿のままファミレスに行き、500円のランチを食べていたときのことです。隣のテーブルで大学生がキャピキャピ騒いでいて、『この差は何だろう。このままじゃダメだ』と思いました」

「会社に入ろう」と決意した伊達さんは、小さな広告代理店に応募した。広告業界に対し「何となくかっこよさそう」という志望動機だった。アルバイトからのスタートだったが、社長に気に入られ、3ヵ月で社員に昇格した。

「この頃、特にビジネススキルが身に付いたとは思いません。ただ、社長は50代、先輩もずっと年上という環境の中で、『可愛がられよう』と意識していました。社長にいかにして飲みに連れて行ってもらおうか、と」

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2回の転職を通じ、広告・プロモーションの手腕を磨く

エステサロンやスポーツジムなどのクライアントを担当し、雑誌広告のプランニングの経験を積んで2年が経った頃、「大手企業の広告を手がけてみたい」と考えるようになる。そこで、大手プロモーション会社の関連会社に転職。大手広告代理店の下請けという立場で、大手企業の広告制作に携わった。

その会社は上場を控えたタイミングで、若い社員たちが寝る間も惜しんで働いていた。そんな環境が刺激的で楽しかったし、仕事への向き合い方も学んだという。

「メンバーたちが皆、真摯に、すごく一生懸命に取り組んでいたんです。お客様のためにここまでやるのか、というほどに。そして、個人で動くよりもチームで協働する方が、この分野では効力を発揮すると感じた。だから今、当社でもチーム制を敷いているんです」

起業を決意したのは24歳の頃。同年代の知人たちが会社の愚痴を言うのを耳にする機会が増え、「自分が働いている会社の愚痴を言う人間になりたくない」と思った。そして、今後の人生を真剣に考えるようになり、すべてが自己責任となる「起業」という選択に至る。

自分で会社を起こすなら、今のような「大手の下請け」ではなく、クライアントと直接取引したい――そう考え、事業のヒントをつかめる会社に転職しようと考えた。選んだのは、食品業界に強いプロモーション会社だった。

その会社で、新規事業を提案して立ち上げた伊達さんは、トップの営業成績を挙げ、入社2年目で営業本部長に昇格。「役員になってほしい」と誘われたが、「引き受けると抜け出せなくなる」と考えて固辞し、2012年、エードットを立ち上げた。

このとき声をかけたのが、当時の同僚で、以前から「波長が合う」と感じていた仲亀さんだ。現在は取締役副社長を務める。伊達さんは自分を「猪突猛進で無茶をするタイプ」という。一方、仲亀さんは人を支えたり、場をコントロールしたりする力がある。「突っ走る自分を冷静にいさめつつサポートしてくれる存在が必要だ」と考えた。

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人がやらないことに挑戦し、自分も会社も変化させていく

「2人で始めて、最初はそれぞれが年収1千万円くらい稼げればいいかな、と思ってたんです。人を増やしたとしても、5~10人くらいの規模でいいかなと。でも、やっぱりそんな小さな目標ではつまらない。仲間になってくれる人たちにとって価値ある会社でありたい、そのためにも拡大を目指そうと決意しました。とはいえ、最初は、食品に特化したプロモーション事業からスタートし、ニッチな提案ばかりしていましたね。『何でもできます』という会社は世の中にいくらでもある。だから、自分たちしか考えないようなプラン、大手では採算が合わず手を出さないようなプランを打ち出しました」

例えば、冬にビールの販促をするために、鍋料理で必ず使われる「キノコ」のパッケージにビールの広告を入れた。また、大手企業の社員食堂で、ヨーグルトやドリンクなどあらゆる食品のサンプリングイベントを展開した。

独自性の高いプロモーション手法が評価を得て、業績が安定。社員が十数名規模になったタイミングで、「本当にやりたかったこと」に乗り出した。食品にとどまらず、幅広い業界を対象に、PR、クリエイティブ、キャスティングなどソリューションの幅を広げている。

例えば、商業施設で芸能人のファンイベントや記者会見などを開催して、マスコミの取材を誘致し、広告費をかけずにPR効果をもたらす…といったように、さまざまなプロモーションの「仕掛け」づくりを行っているのだ。

2015年には、『もったいないプロジェクト』を立ち上げた。伊達さんが築地市場の仲卸業者と話す機会があったとき、新鮮な海産物が「規格外」というだけで売れ残り、廃棄されていることを知った。そんな「もったいない海産物」を美味しく食べてもらえるようにと、飲食店運営会社と共同で『築地もったいないプロジェクト 魚治』を丸の内にオープン。さらに「山陰もったいないプロジェクト 天〇」「MOTTAINAI Farm Radice」も生み出している。

最近では、子会社として株式会社カラス、株式会社噂の2社を設立した。カラスは、博報堂出身の社長がブランディングや事業開発を担い、噂は人気のコピーライターが「バズらせる(話題にさせる)」ことを狙う。これまでイベントの企画・運営を得意としてきたが、クリエイティビティに磨きをかけていく方針だ。

また、この秋には、「スポーツをリノベーションする」をコンセプトとする事業もスタート。サッカー(フットサル)・陸上・ラグビー・メンタルトレーニングなど、世界で戦ってきたプロアスリートが直接指導する『アスラボ』を立ち上げた。

「一生不自由なく暮らしていけるお金を手に入れたとしても、例えばハワイとかでのんびり暮らすといったことには興味がないですね。それより、そのお金を使ってもっと面白いことをやりたい。生涯現役で、仲間とワクワクするようなことをしていたいです」

エードットの合言葉は「さぁ、もっと変わろう。」。

今後は、地域の魅力を発信する事業、グローバル事業への展開も計画している。「これまでにない」仕掛けが、今後も続々と生み出されそうだ。

「『もともとフリーターだった』と、今では誇りを持って言えます。あの頃、自分の劣等感と向き合ったのはいい経験だったな、と。自分を変えようと頑張ったことで成長できたし、今、どんな人とも分け隔てなく接することができるのも、あの時期があったからこそだと思います」

<伊達さんの「選択」と「決断」のポイント> 「積みたい経験」「積む必要がある経験」ができる会社を狙って転職した 自分にないものを持っている人物をパートナーに選んだ 「何でもできる」を目指さず、「自分たちしかやらない」取り組みに力を注いだ 常に「変わる」ことを意識し続けている

EDIT&WRITING:青木 典子 PHOTO:出島 悠宇

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