FはフィメールのF、フジ隊員のF

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FはフィメールのF、フジ隊員のF

 1960年前後生まれのSF読者はたいてい夢中になって『ウルトラマン』を観ていたくちで、かくいうぼくも怪獣や星人の名前くらいはスラスラ出てくる。しかし、小林泰三の耽溺ぶりはちょっとケタが違うんじゃないか。本書は円谷プロダクションと早川書房がコラボした出版企画の第三弾。過去の二冊(一冊はアンソロジー『多々良島ふたたび』、もう一冊は三島浩司の長篇『ウルトラマンデュアル』、後者はこの書評コーナーで取りあげた)。どちらもウルトラマンの人気に寄りかかった際物ではなく、それぞれの作者のスタイルや得意なテーマがぞんぶんに発揮されていた。アンソロジーのほうからは、山本弘「多々良島ふたたび」と田中啓文「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」が今年の星雲賞日本短編部門を受賞している(投票数が同数だったので同時受賞)。

『ウルトラマンF』もまけずおとらず、小林泰三でなければ書けない力作に仕上がっている。小林さんのSFはいっけん突飛なアイデアや設定で読者を惹きつけながら、その裏で科学技術面がしっかり考証されており(しかもそれが説明調にならない)、両者が豊かな物語性に奉仕する。

 しかし、本書はそれに加えて、オリジナルのウルトラマンシリーズへの愛がみなぎっている。細かいネタをめっちゃ拾っている。それもネタ単体ではなく、シリーズを通して考察しなければわからないようなトリヴィアだ。たとえば第1章「怪獣兵器」では、科学特捜隊がこちらの宇宙とほかの宇宙をつなぐ〈超次元微少経路〉を発見し、それをめぐって議論をするくだりがある。

「これはまずいかもしれないな」村松は言った。「今まで、我々が直接もしくは間接的に接触した異星人はケムール人、キール星人、セミ人間、火星人、バルタン星人、ダダ、メフィラス星人、ザラブ星人、ゼットン星人、ルパーツ星人、そしてウルトラマンだ。一一種の異星人のうち友好的だったのはルパーツ星人とウルトラマンの二種のみだ。今後別の宇宙の文明に接触したとしても、それが友好的だと期待できない」
「セミ人間とバルタン星人は同一種族だという説もありますけどね。ケムール人とゼットン星人も」光弘が補足した。
「それでも、九種中七種までが敵対的だった訳だから、油断はできないわ」明子が言った。
「火星人は敵対的とまでは言えないんじゃないかな。自衛のつもりだったみたいだし。それから、メフィラス星人も地球には野心は持っていたが、攻撃的ではなかったよ」

 よっぽどこってり観ていないと、こうは書けない。ちなみに『ウルトラマンF』は、ウルトラマンがゼットンに倒されて光の国に帰った直後の時期に設定されている。そして、ウルトラシリーズに詳しいかたは先の引用だけでもうお気づきだろうが、『ウルトラQ』と『ウルトラマン』は一緒の世界が舞台という見立てだ。さらに『ウルトラセブン』にもつながっていく。物語のなかに「地球防衛軍の創立は来年」で、その「極東基地に所属するウルトラ警備隊という部隊」が言及されている(さらにより後続の番組にもつながるようだが、ぼくは『ウルトラセブン』よりあとは真面目に観ていなかったのでよくわからないの。残念!)。

 たんにマニア心をくすぐるだけではない。科学特捜隊とウルトラ警備隊とでは使命が異なること、そして権限も違っていることが示される。そこまで考えてウルトラシリーズを観ているひとは少ないだろう。この作品のなかで村松隊長は「我々は怪奇事件の解決を担当する警察組織なのだ」と言っている。それゆえ、日本の法律に強く縛られ、同じ科学特捜隊といってもパリの本部とかならずし同調して動けない。それがいくつもの葛藤をもたらし、ストーリーがより立体的に広がるのだ。

 大きな状況としては、ウルトラマンが去ったあとで地球を人類みずからの手だけで守らなければならない。怪獣出没の可能性はつねにある。そのうえ、これまでの怪獣や宇宙人の遺留物が多種多様にあって、その取り扱いを誤れば大きな厄災を引きおこしかねない。

 事実、某国では双子の天才児、躁躁(そうそう)と鬱鬱(うつうつ)が怪獣の細胞からクローンをつくりだすことに成功していた。もともとは貧民街でありあわせの研究設備でやっていた研究だったが、国が目をつけ潤沢な資金を提供。強力な生物兵器の創造が期待されているが、天才児たちは傍若無人に(なにしろ元帥を平然と馬鹿呼ばわりするほどだ)勝手気ままに研究を進めている。手はじめにゴモラの幼体(四メートル程度)を日本に送りこんで暴れさせた。科学特捜隊がマルス133(ウルトラシリーズのファンのみなさん、この武器覚えていますよね?)でからくも退治するが、躁躁たちはそれとてデータを取るための実験くらいにしか考えていない。彼らが目下興味があるのは、四次元怪獣ブルトンの細胞の入手だ。それに対して元帥はおよび腰だ。既知の物理法則を超えるブルトンは利用しようにも制御不能に陥る危険が大きい。同様の理由で禁止されているのが風船怪獣バルンガの細胞だ。

 マッドサイエンティストは躁躁と鬱鬱だけではない。国連から対怪獣兵器研究を委託されている(という建前だが、いうまでもなく特定の国家の利益を優先している)インペイシェントは、怪獣から抽出した血清を人体に注入し巨人兵士をつくる計画を進めている。被験者は使いすてだ。「我々は怪獣を相手にしなければならないんだ。人権なんて配慮していたら、人類は滅亡してしまう」というのが彼の持論である。

 それと対照的なのが、科学特捜隊の井手光弘だ。彼はウルトラマンに倒された異星人が残したテクノロジーを、原理解明がかなわないまでも機能をアレンジしてコピーしている。こうしたテクノロジーはメテオールと呼ばれ、潜在的には核兵器以上の威力を持つ。ただし、日本の科学特捜隊は日本の法律を遵守しなければならないため、海外への技術供与はおこなわれない。また、井手自身もあくまでヒューマニズムあってこそのテクノロジーだと考えている。井手が実用化したメテオールはウルトラアーマーと呼ばれる特殊装甲だ。

 しかし、これに目をつけたインペイシェントは、国連と日本政府とのあいだに特別条約という強硬手段によって井手を引きいれる。巨人兵計画とウルトラアーマーを組みあわせて、自分の手でウルトラマンをつくろうというのだ。

 躁躁と鬱鬱が持て遊んでいる怪獣細胞。インペイシェントが怪獣から抽出した血清。井手がメテオールとして利用している異星のテクノロジー。これらの遺留物は外在的なもので、危険であればふれずにすますこともできる。しかし、そうはいかない遺留物もあった。富士明子隊員の体内にあるナノロボットである。メフィラス星人が地球を侵攻したとき、自らの能力を誇示するため、ケムール人、バルタン星人、ザラブ星人といった強力な異星人たちを支配するとともに、富士隊員を巨大化して自由に操った。そのときに用いたものがまだ潜んでいる。最初はわずかな数だったと推測されるが、ねずみ算式に増殖して現状ではひとつの遺伝子あたりに約一個、全身ではおよそ八十京個にもおよぶ。

 このメフィラスボットがあることをきっかけとして活性化してしまう。インペイシェントが無理やりにつくろうとしている巨人兵士が不安定(しかも非人道的)な現状では、巨大フジ隊員は怪獣と対等に対峙しうる唯一の存在だ。科学特捜隊の仲間は彼女のことを慮るが、本人は人類を守るために戦おうと積極的だ。

 タイミングを計ったように、新しい脅威がつぎつぎと来襲する。地球産の生物の遺伝子を取りこんで変化するビースト・ザ・ワン、棲星怪獣ジャミラ、暗黒破壊神、究極超獣Uキラーザウルス、ハイパーゼットン。戦いのなかで巨大フジ隊員はウルトラアーマーと融合してグレードアップを果たす。ウルトラマンFの誕生だ。

 新しいヒーロー(いやヒロイン!)の登場によって、さくさくと怪獣が退治される—-わけではない。先述したように、人類のあいだにも国家間や組織間の不調和があり、なにを考えているのかわからないマッドサイエンティストがおり、全体のために個人を犠牲にしてよいのかという疑問もある。かつてヒーローだったハヤタはいまやひとりの人間、科学特捜隊の一員としてあがいている。

 主役はウルトラマンF(富士隊員)だが、中心的な視点人物(場面転換がしばしばあるため、つねにではないが)として井手隊員が据えられているところが面白い。彼は科学特捜隊のなかでのエンジニアリング担当だ。正義と悪の対決、あるいは侵略者とそれに抗う者という図式におさまらず、テクノロジーとモラルのバランスが抑揚をもって描かれていく。

(牧眞司)

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