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急逝から1カ月…… 日本音楽界の天才・森岡賢の残した功績

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2016年6月3日、ミュージシャンの森岡賢氏が他界した。原因は心不全。享年49歳。

あまりに早すぎる逝去にショックを受けたファンも多いだろう。常に新しい音楽を発表し続けて、今後も活躍を期待されていた矢先での訃報だった。

有名な作曲家、森岡賢一郎の三男として幼少期よりピアノのレッスンを受け、シンセサイザーに早くから興味を持ち、中学時代にデモテープを制作、SOFTBALLETのメンバーとして22歳でメジャーデビュー。まさに音楽界のサラブレッドだった。

卓越した音楽センスもさることながら中性的なルックスとライブでのダンスパフォーマンスのインパクトは強く、その存在感は彼だけにしか表現できないものだった。

『Twitter』でも

「森岡さんの作る曲、踊る姿、性格、あと…独特な存在感など大好きでした。森岡さんの曲をこれからも大切に聴いていきます」
「自分がものすごく寂しかったり悲しかったりしたとしても、他の誰かが寂しそうだったり悲しそうだったりしたら「僕がいるよ!」ってくねりながら助けちゃう精神的アンパンマンのようなひと」

といった彼の死を惜しむ声があがっている。

森岡賢がSOFTBALLETのメンバーとして残した作品をここでいくつか挙げてみる。

「BODY TO BODY」

デビュー曲にしてこのクオリティ。ボーカルの遠藤遼一、キーボードの森岡と藤井麻輝の3人の個性がステージで強烈にぶつかりあうPV。

「WHITE SHAMAN」

ビクター時代のシングル曲。ポップで飽きのこない曲。おどけた様子でギターを弾き、両手を鳴らす森岡のかわいらしさが印象的。

「THRESHOLD」

ファンの間では最高傑作として挙げられることの多い、彼らの音楽のひとつの完成形。藤井麻輝作曲。イギリスでもCDが販売され、クラブチャートで10位にランクイン。
禍々しくも美しい脅威の映像と音楽。
これが日本で1993年に発表されたとは信じがたいほどに先鋭的。

「メルヘンダイバー」

SOFTBALLET復活から最初のシングル曲。遠藤、藤井が浪人に扮した遊び心のあるPV。森岡は女形も似合う。

平成初期にデビューして文字通り“時代を駆け抜けた”森岡賢とSOFTBALLETの音楽は今聴いても新しく、聴き応えがある。
時代が未だ追いついていない感すらあるほどに先進的な音楽を作り続けた森岡賢。あらためて冥福を祈りたい。

(画像:森岡賢『FACEBOOK』 https://www.facebook.com/KENMORIOKAofficial/photos/pb.234183353279884.-2207520000.1467535901./1139354746096069/?type=3&theater)
(動画:『YouTube』より)

―― 見たことのないものを見に行こう 『ガジェット通信』
(執筆者: マツダ草介) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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