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【小説】愚図にトリセツは存在しない ~はじまりは加湿器~【季節家電】

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 理不尽なほどに長い単位でみれば現代はまだ氷河期のさなかにあるという。
氷床が南半球と北半球に氷床が存在する限りはおおまかにみて氷河期の中にあるととらえていいそうだ。
 しかし今よりもっと寒冷な時期、それを氷期といいこれまでに地球はその時期を四度は経験している。
 最後の氷期は一万年前に終わり今は次の氷期との間の間氷期というそうだ。
 今より温かい時期もあったのか? 
 おお、年中世界がハワイみたいな陽気だったならハロゲンヒーターも電気毛布もいらなかっただろう。
 今より寒い時期もあったのか。考えたくもない。
 その氷期とやらが私たちの祖先を樹木から引きずりおろして二足歩行するよう促したというのも頷ける。
 寒いとじっとしていられない、かえって歩き出したくなるのはそのときの名残ではないのか。
 二足歩行して手を働かせ環境を作りかえるようになって最終的に都市やら科学やらを形成したわけだが、この私の目の前で動かずにいる加湿器もそんな最先端の技術の恩恵だと考えたら例え稼動しなくてもそうやすやすと文句言えなくなるな。

「何で動かないのよ…」

 朝から咳がとまらない。
 まだ購入して一週間の加湿器だ。
 スチーム式加湿器KS-F404。
 スチームとは蒸気の意。
加湿器には大まかに分けてスチーム式と超音波式と気化式に大別される。スチーム式はそのまま過熱により水を蒸発させる方式。超音波式は超音波で水を細かい霧状にして噴出するもの。気化式はスポンジに水を通すように自然な蒸発を促すものだが、日本よりも海外で主流なようだ。ちなみにスチーム式と超音波式を組み合わせたのがハイブリッド式で最近はそちらの人気が高い。
  目的を有する人類が集合して作り上げた偉業というのは世に数多あるわけだけれど、はっきり言って飛行機やロケット、無線信号やコンピューターよりもはるかに偉いと思っているものがある。
 家電だ。
 私が家電メーカーに勤務しているせいもあるけれども、実際そうだろう。
ロケットや軌道エレベーターなんてインフラ整備がいくら整っても凡人には理解しにくいはるか彼方の崇高すぎる技術だ。
 個人レベルで感じられる便利さ、それに勝る智恵はないのではないか、なあ加湿器。何で動かないんだろう?
 購入したのが四日前。
 初日は喜び勇んでたっぷりと容器を満たした水が翌朝には空になって朝は快適だった。
 あの喉に感じる痛み、乾いた茨のような痛みを覚えなかった。
 何がいけない。9千円はした。
 隣の象印の加湿器もいいなとは思ったけれど1万円はしやがったんだ。
とにかく場所をとらないやつを探していたらおまえが目に飛び込んできた。
 おまえのフォルムはすばらしかった。
 シンプルなフォルムに愛らしいボタンのみの設計。
 強弱もつけられるし使いやすい。
 何よりも水タンク容量4リットルという容量なのに場所をとらないこのフォルム。
 何なんだお前は。
 お手ごろ価格か。
 即決購入現金払いでお買い上げだったのに、二ヶ月で水を満タンにしても動かないとは。
 スマートフォンを手にして販売店に連絡する。
 動作不良を告げるとすぐに担当者につながった。
 売り場で動作を確認して場合によっては返金も可能との回答だった。
 よし。
 仕方ない。
 折りしも今日は日曜日。すぐに持っていくと返事した。
 コンセントを抜いて箱に戻す。
 毛布をコインランドリーに持っていくときの大きめのビニールバッグに丸々収めた。
「トリセツは…あ、押入れだ」
 押入れを開いてA4のファイルバッグの中から先日収めたばかりの取扱説明書を抜き出した。
 ちゃんと保証書も挟まってる。
 コートを着込んで靴を履いて玄関を出たところで、そいつに出くわした。

「さ、と、う、み、や、びちゃん! あーそびーましょ! っていうか、すごい! どうしてあたしが来るのわかったの?」

 そいつの持ち上げられた人差し指は確かにこの古いマンションの私の部屋のインターフォンを押そうとしているところだった。
 そして両手がふさがっている私を見て、どっか行くの? などと聞いてきたのだった。
 白石いづる。高校の元同級生。
 そして、最悪の女。
「白石…何で…」
 自ら眉間に皺が寄るのを感じる。
「何でこんな日に…」
 こんな。
 聖なる夜、クリスマスにドアを開いたら他人同然までに離れていた女が立っていて熱烈歓迎、みたいな顔で笑っているんだろう。
「あれ? 荷物? 外出? じゃあ、あたし持つよ!」
 差し出された手から庇うように私は箱を引っ込めた。
「な、な、な」
 声が掠れるのを感じる。
「何なのよ、あんたはぁ!」
 ドアを閉ざそうとすると彼女は体をねじ込ませてそれを防ごうとする。
「話を聞いてよお!」
「いやだっつってんの!」
 赤と緑に綺麗なカラーリングをほどこされたネイルが外から入ってきて空を切る。
 私は思わず箱を振り上げていた。
 がすん、と箱の中の緩衝材が揺れて弾かれたいづるがマンションの廊下に尻餅をついてそのまま倒れた。

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