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作ってはいけない

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有機化学美術館・分館

今回は佐藤健太郎さんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。

作ってはいけない

有機化学の研究では、非常に数多くの化合物を扱う必要があります。特に製薬企業の研究所などでは、最適な化合物を探索するために、いろいろなパーツを本体に結合させて試す、いわゆる“置換基を振る”という作業があり、多くの試薬を扱うことになります。

この際、意外と簡単な化合物なのに、なぜか試薬として市販されていないことがあります。まあしゃあない、これくらい自分で作るか、とうかつに合成するとえらいことになるケースが世の中には存在します。

代表的なのはフェニル酢酸。簡単な構造で、ペニシリンGの置換基にも含まれていたりしますが、これを作ると覚醒剤取締法違反となってしょっぴかれます。これ自身に覚醒剤としての作用はありませんが、アンフェタミンなど合成覚醒剤の原料になるため、製造や所持に厳重な規制がかかっているのです。フェニルアセトンや、フェニルアセトニトリルもこれと同様です。そのわりにフェニル酢酸エチルなどは市販されているわけですが、まあそれを言い出すと試薬として売れるものがなくなってしまうので仕方ない。というわけで、このフェニル酢酸エチルを加水分解したとたん、法律に触れてしまうことになるのでご注意下さい。

作ってはいけない

簡単な構造のわりに危険な化合物として、β-ナフチルアミンがあります。この化合物には強い発がん性があり、「労働安全衛生法によりその製造、輸入、譲渡、提供、使用が禁止されている」(『Wikipedia』より抜粋)物質です。アメリカにはこの規制がないようで、筆者の手元にあるアルドリッチのカタログには収録されていますが、おそらく輸入は不可能と思われます。

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同じ理由で規制がかかっている化合物にはベンジジン、4-アミノビフェニル、4-ニトロビフェニルなどがあります。どうしてもこれらを部分構造として含む化合物を作りたいなら、たとえば芳香環上のどこかによけいな臭素原子などを結合させて合成し、最後に還元して臭素を外すなどの手間を踏む必要があります(あまりおすすめはできませんが)。

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HMPA(ヘキサメチルリン酸トリアミド)も有名な発がん物質です。極性溶媒としては優れているため以前はよく用いられていましたが、今はDMI・DMPU・NMPなどに置き換えられることが多くなり、論文でも姿を見かけることは減ってきています。古い文献などでHMPAが使われているものがあったら、これらの溶媒への代替を検討してみるべきでしょう。

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簡単な構造でありながら特定毒物に指定され、製造などが規制されている化合物としてモノフルオロ酢酸およびそのアミドがあります。これが猛毒である理由は以前にも書きました * 。代謝によってモノフルオロ酢酸が発生しうるような化合物も、同様に注意して扱うべきでしょう。ジフルオロ・トリフルオロ酢酸の誘導体にはこうした毒性はありません(強酸性には気をつけるべきですが)。

*:「☆異能の脇役・フッ素の素顔(3)」 『有機化学美術館・分館』
http://www.org-chem.org/yuuki/fluoro/fluoro3.html

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法規制されているわけではありませんが、意外な危険のある物質は少なくありません。例えば、下図のようなテトラヒドロピリジン誘導体を合成した27歳の製薬企業研究者が、重いパーキンソン病を発症した事例があるそうです。芳香環とアミンを持つこうした骨格は医薬品の部分構造としてよく用いられますが、他にも危険なものがあるかもしれないので、気をつけて取り扱うべきでしょう。

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怖い化合物としては、ニッケルテトラカルボニルNi(CO)4、通称ニコヨンも有名でしょう。『liquid death』(死の液体)とも呼ばれ、一酸化炭素の100倍も有毒といわれます。ある有機金属化学の教科書には「この化合物の臭いは知られていない。嗅いだ者は全員死んでいるからである」という怪談めいた但し書きがついていました。金属カルボニルには他にもFe(CO)5、Co2(CO)8など毒性の強いものが多く、これらは一酸化炭素が金属に触れると徐々に生成されますので、COガスを取り扱う際にはこうしたことにも気をつけなければなりません。

作ってはいけない

化学実験は、どんなものでも危険と隣り合わせです。危険がどこにあるかよく知っておくこと、多少の収率や時間の改善よりも、危険は避ける選択をする心がけを持つことが何より重要ではないかと思います。

執筆: この記事は佐藤健太郎さんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。

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