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【日曜版】新たに聞く~日本の新聞の歴史~【第一回 かわら版と飛脚】

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日本で初めて新聞がつくられたのは、ペリーの黒船が現れた幕末のころのことでした。長い鎖国の時代を、国際情勢をほとんど知ることなく過ごしてきた日本は、性急に海外の政治や文化を知る必要がありました。このため、まず外国の新聞を翻訳して読むことから情報収集をはじめたのです。

また、開国とともに「黄金の国・日本」へやってきた外国人たちも、祖国で作られていた新聞の文化を持ち込み、貿易に必要な情報を伝える英字新聞を作り始めます。彼らの新聞発行の技術を模倣するかたちで、日本人たちも自らの言葉で新聞を作るようになりました。

しかし、明治以前の日本にもニュースを伝えるメディアがありました。時代劇でよく見かける威勢のいい男たちが売り歩くあの“かわら版”です。かわら版は日本独自のニュースメディアとしてたいへん発達していました。

日本の新聞のルーツは、江戸時代の民衆によるかわら版と黒船とともに持ち込まれた海外の文化であった新聞のふたつに求められます。今回はこのかわら版の歴史をひもといてみたいと思います。

瓦で印刷するから“かわら版”
現在、記録に残る最古のかわら版は、1615年の大阪夏の陣の様子を描いた絵図『大阪安部之合戦地図』とされています。天下分け目の合戦における各大名の陣地や大阪城が炎上する様子が描かれたこのかわら版は、当時の民衆にとっては一大ニュースであったに違いありません。

かわら版はその名の通り、瓦にする土を固めて天日に干したもの、またそれに火をかけたものに文字を彫り付けて版木として印刷したと考えられています。多くのかわら版は、心中や敵討ち、飢饉のようすなど絵で表した上に文字が書かれていました。多色刷りで描かれたかわら版の絵は大変美しく、絵師たちの筆によって臨場感たっぷりに事件が伝えられていたことがわかります。

しかし、江戸時代初期のかわら版売りは深い編み笠をかぶり、こっそりと人目を忍んで売り歩いており、身分の低い職業だったようです。しかし、江戸時代中期以降は編み笠をかぶらずに、かわら版の内容をリズムをつけて声を張り上げて読み上げながら売るようになりました。現代の時代劇に現れるのは、この時代のかわら版売りの様子のほうなのです。

飛脚は江戸時代の通信社
ニュースを伝えたのはかわら版だけではありませんでした。幕府や大名、役人の書状を運んだ飛脚は、命ぜられて火災や洪水の取材をして情報を伝える役割を担っていたようです。また、徳川時代の中期以降は、飛脚屋が公式の災害通信を扱うようになり、大地震や大火事が起きたときにはめざましい活躍をみせています。飛脚は各地のニュースを集めるだけでなく、その情報を手書きや印刷して関係方面に知らせてもいました。かわら版を作る書店なども、飛脚をニュースソースにしており、江戸時代における通信社的な役割を担っていたといえます。

かわら版が伝えたニュース
かわら版は、戦争の陣地の様子や火事・地震や火山の噴火など災害のニュース、心中や敵討ちなどの人情話やウワサ(ゴシップ)のほか、江戸末期には徳川家と天皇家の動きなどの報道まで、人々が知りたがる情報を1枚ないし、2枚ほどの紙に刷り、読み聞かせながら売りました。かわら版の値段は、江戸時代を通じて3~4文。当時のかけそばの値段は16文ですから、庶民が気軽に手に取れる値段だったといえます。

しかし、かわら版は心中事件などをセンセーショナルに書き立てて煽ったため、ときには“人心を惑わすべからず”と幕府に取り締まられることもあったようです。幕末に、ペリーの黒船が来航したときなどは、幕府は「異国船についてあれこれ言い合うことはしてはいけない」と厳しく町触れを発したため、このことを伝えたかわら版は残っていません。しかし、異国船の来航が広く知られるようになり、幕府の支配が揺らぎ始めるにつれて、政治の動きを伝えるかわら版がさかんに発行されるようになっています。

テキスト好きは日本人の特性?
江戸時代においては、庶民が幕府や藩の政治に対して口出しをするということはご法度中のご法度。かわら版が伝えるニュースは、社会記事に限られていました。“世の中が知りたがるニュースを伝えて共有する”ことがかわら版の主な役割であり、風刺やからかいを文章や絵にこめることはあっても、何らかのオピニオンを伝えるものではありませんでした。

江戸時代を通じて発行されつづけたかわら版は、民間で発行されたメディアとしては、その歴史の古さと種類の豊富さでは東洋一と言われています。このかわら版文化の隆盛は、現在の日本におけるネット上のテキストメディア(メールマガジンやブログ、掲示板の書き込み)の多さに通じるように思われます。身近な出来事や世の中の関心事を書き綴り、またそれを読むことを好むのは今も昔も同じ日本人の特性なのではないでしょうか。現在、ネット上にあふれているテキスト群も、400年後の世界で「当時の日本におけるブログおよび『2ちゃんねる』と称する掲示板の書き込み量は世界一ともいえるものでした」などと書かれ、歴史資料になっているのかもしれませんね。

引き続き次回は、日本に新聞というメディアが現れた頃のことを見ていきたいと思います。

【参考文献】
小野秀雄『かわら版物語 : 江戸時代マスコミの歴史』雄山閣出版、1988年
興津要『新聞雑誌発生事情:角川選書、1983年
木下直之、吉見俊哉編『ニュースの誕生 : かわら版と新聞錦絵の情報世界』東京大学出版会、1999年

【イラスト】
和風素材.comより http://www.wafusozai.com/

東京産業新聞社 http://tokyosangyo.jp/
東京産業新聞社創立記念連載『新たに聞く~日本の新聞の歴史~』【序章】

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記者:

京都在住の編集・ライター。ガジェット通信では、GoogleとSNS、新製品などを担当していましたが、今は「書店・ブックカフェが選ぶ一冊」京都編を取材執筆中。

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