警戒区域から避難準備区域へ避難する人たち 「まるで放射能難民」
福島県南相馬市にある原町第一小学校には、福島第1原子力発電所から半径20キロ圏内の「警戒区域」から避難してきた人たちがいる。だが、この小学校もまた屋内退避などの準備が求められる「緊急時避難準備区域」内にある。そんな場所で避難生活を送る人たちに2011年4月24日、話を聞いた。避難者にはかつての生活を「あきらめきれない」思いがあるという。
同校の体育館で1ヶ月以上避難生活を続ける鈴木敬徳さん(72)は、同市上浦に住んでいた。上浦は市の南端に位置し、10キロ圏内にある浪江町と接している。一時は内陸部にある息子宅へ身を寄せていたが、「うちが恋しくなって」妻と2人、少しでも自宅に近い場所を求め、同小学校にきた。「ここには、かつて近所だった人たちが多く避難しているんです」と鈴木さん。だが、家庭ごとに被害状況が異なるため、震災について話すことを互いに遠慮しあっていた。取材したこの日、ボランティアが用意した屋台を囲んだことがきっかけとなり、ようやく他の避難者と心の内を話し合う機会が持てたという。鈴木さんは、「皆も同じ思いでいることを確認できました」と、笑顔で語った。
■閉ざされた自宅への道
だが、鈴木さんらが暮らしていた地区への道は現在、警察が封鎖している。一般人の立ち入りは原則禁止だ。取材したこの日の昼頃には、多数の自衛隊員や警察関係者が「区域」内に入っていく様子が見られたが、皆、化学防護服を着用していた。また、半径20キロ圏外であってもその周辺の店舗は閉まっており、外を出歩く人の姿もほとんどない。
鈴木さんは区域内に、自宅のほか田んぼを持っている。自宅は地震の揺れに耐え抜き、その後の津波が自宅に達することもなかった。「戻れるのであれば、戻ってすぐに生活できる状態」だと鈴木さんは話す。
「だから余計に諦めがつかない。まるで放射能難民です」
(土井大輔)
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