もしも“カレー無料法”ができたら

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今回はmojixさんのブログ『モジログ』からご寄稿いただきました。

もしも“カレー無料法”ができたら
“カレー無料法”は、「お金のない人にも、せめてカレーくらい食べさせてあげよう」という趣旨の法律。メニューにカレーのある飲食店は、カレーだけは無料にしなければいけない、というもの。もしこんな法律ができたら、まずカレーチェーンは商売にならないので、消滅するだろう。

そして、牛丼チェーンやファミリーレストラン、定食屋などでカレーをだしている店も、カレーはメニューから消えるだろう。こうして、カレーをだす店はなくなってしまう。これまで普通にカレーを食べていた人も、カレーを食べられなくなるのだ。どうしてもカレーを食べたい人は、違法の“裏カレー”をだしている店に行く。“裏カレー”は1万円くらいするが、店側も違法を承知でやっていて、摘発されるリスクがあるので、高額になっている。

そのうち、「なんで普通にカレーを食べられないんだ!」という国民の声が強まって、政府はカレーショップに補助金を出すことにする。無料でだしてもらうかわりに、政府から1杯500円の補助金が出るのだ。

この“カレー補助金”によって、今度はむしろカレーショップが激増する。カレーチェーンが次々にあらわれ、カレーショップでない飲食店も、ほとんどカレーをだすようになった。これによって、カレーが好きな人は、いつでもどこでも、カレーが無料で食べられるようになった。また、特にカレー好きでない人も、カレーならば無料で食べられるので、みなカレーばかり食べるようになった。

いっぽう店の側も、みんなカレーばかり食べるので、カレー以外のメニューは売れなくなっていき、カレーに集中する店が増えてきた。
しかし、経済にフリーランチ(タダメシ)はない。政府は“カレー補助金”のために、膨大な財政支出を強いられることになった。“カレー補助金”自体は1杯500円だが、補助金の支給や、店が過大な申請をしていないかのチェックなどに、多大なコストがかかる。こうしたカレー関連の仕事のために“カレー庁”ができて、カレー庁の職員は日々、申請を受けつけたり、店に調査員を送り込んで、抜き打ちで検査をしたりしている。

“カレー補助金”以降、カレーチェーンの中には大成功して、一部上場したり、経営者が億万長者になる例も出てきた。しかしいっぽうで、国民からは“カレー無料法”を撤廃せよという声も強くなってきた。“カレー補助金”はけっきょく税金から出ているので、カレーをあまり食べない人にはむしろソンになっているからだ。

しかし“カレー無料法”がなくなったら、カレーチェーンには補助金が入らなくなるし、カレー庁も存在意義を失う。そこでカレーチェーンは、カレー庁から天下りを受け入れて、カレー庁を強くバックアップすることにした。カレー庁はこれに力を得て、「お金のない人にもカレーを」というポスターをそこらじゅうに貼ったり、テレビにコマーシャルを打ったりした。

またカレー庁は、学者やマスコミ人によびかけて、「お金のない人にもカレーを」のキャンペーンに協力してくれるよう手配した。これが功を奏して、あちこちの新聞や雑誌で、カレー庁寄りの記事があらわれた。こうした記事では、最近増えてきた“カレー無料法”撤廃論は金持ちに味方するもので、お金のない人にカレーを無料で提供することは社会的使命である、といった主張がなされた。テレビのワイドショーでも、人気のある司会者が「お金のない人にも、カレーぐらい食べさせてあげましょうよ」と涙ながらに訴えたりして、視聴者の心を動かした。

弱者に味方する気持ちの強い人は、このようなカレー庁寄りの記事や番組に賛同し、“カレー無料法”に反対する撤廃論者は金持ちの味方だ、と思い込んでしまった。こうして、カレーチェーンとカレー庁のキャンペーンは大成功し、“カレー無料法”を支持しつづける人が増えて、撤廃論は下火になった。

このようにして、“カレーは無料”というのが定着し、あたり前になっていった。カレーは国をあげての一大産業になると同時に、カレー以外の食はだんだん衰退していった。また、カレーが売れた数を水増し請求したり、客と共謀してカレーがたくさん売れたことにする、といった不正も横行した。カレー庁は日々、そうしたチェックに追われ、いくら人手があっても足りないような状態で、カレー庁の職員の数はどんどん増えていった。

こうして、日本の財政支出にしめるカレー関連の予算はしだいに増えていき、明白に財政を圧迫するようになってきた。海外の著名な経済紙などにも、「Curry-crazy Japanese(カレーに狂った日本人)」といった批判記事が出て、日本の狂ったカレー政策が日本経済を失速させている、という指摘があいついだ。

日本在住の外国人や、日本好きな外人観光客などからも、「最近の日本はどこの店もカレーばかりで、せっかくの日本の食文化が台無しだよ」といった失望の声があがるようになった。これは日本人もほとんど全員が思っていたが、いまや日本のカレー政策を表立って批判することはタブーに近く、なかなか批判できなかった。

いまやカレーは国をあげての一大産業になっていて、どこの会社も多かれ少なかれ、カレーショップやカレー庁と取引があるような状態だった。よって、国のカレー政策を批判する場合は、会社に不利益を与える可能性があるので、クビを覚悟しなければならなかった。このため、カレー政策を堂々と批判しているのは、カレー庁のシンパでない学者やジャーナリスト、ベンチャー起業家、匿名のブロガーなどが中心だった。マスコミにカレー政策の批判が載ることはなかった。

以上、“カレー無料法”から始めて、いくらか思考実験してみた。この話の要点は、

1)政府がカレーを規制すれば、カレーの供給が減る
2)政府がカレーに補助金を出せば、カレーの供給は増えるが、本来のコスト以上に税金が使われる

という2点だ。どちらにしても、政府が市場に介入することになるので、市場はねじ曲げられ、市場参加者のインセンティブもゆがんでしまう。そして、

3)いったん法規制ができると、それは既得権益になり、それを崩すのは容易でない

というのが、この話の核心である。特に、「国のカレー政策を批判する場合は、会社に不利益を与える可能性があるので、クビを覚悟しなければならなかった」という部分に注目してほしい。雇用の流動性がない場合、このように“クビがかかってしまう”ので、国の政策を批判することが“タブー”になりやすい。

ここでの“カレー”にあたるものは、別になんでもいい。法規制の背後に、このような“構造”や“力学”があるという例は、少なくないだろう。今回のカレー話はフィクションだが、いま実際にある法規制は、まさに現実である。

執筆: この記事はmojixさんのブログ『モジログ』からご寄稿いただきました。

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