新潟県の運動会種目「興味走」は「障害物競走」の言い換えではなかった

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運動会

5月下旬に一部のニュースサイトで掲載された記事を発端に「運動会の種目の『障害物競走』を『興味走』と言い換えている学校があるが、これは過剰な言葉狩りではないのか?」という議論が起こっています。
ところが、この「興味走」という呼称を使用している学校がほとんど新潟県に集中しており他の地方では見当たらないことや、30年ほど前から既に「興味走」が使われていたことを示す文献があることなどから「そもそも『興味走』は『障害物競走』の言い換えではないのではないか?」という指摘も出るようになりました。

そこで、真相を確かめるべく新潟県内で運動会の種目として「興味走」を実施している複数の小学校や教育委員会に問い合わせたところ、意外な事実が浮かび上がって来ました。

「興味走」は「障害物競走」とイコールではない

まず、一部で持ち上がっている「言葉狩り」批判は「障害物競走の『障害』に対する過剰反応が原因で同じ内容の競技が『興味走』に言い換えられている、という前提に立っています。
ところが、筆者が問い合わせた複数の小学校と教育委員会ではいずれも「『興味走』は『障害物競走』と同じ競技ではありません」という回答でした。各校で回答をいただいた先生の話を総合すると、新潟県内の小学校で運動会の種目に含まれている「興味走」は以下のような競技だそうです。

最初に出走者全員でくじを引き、当てた番号順に出走者のスタート位置が変わる。
網やはしごをくぐったりコース上の平均台を渡るのは障害物競走と共通しているが、それは種目の一部に過ぎない。コースを外れないように自転車のホイールを棒で転がしたりスプーン競走をするコースもある。
新潟県内の小学校で「興味走」と言えば「障害物競走の要素を一部に含むバラエティに富んだ競走」のことを指している。ただし、児童数が多い学校では「参加人数が多いと競技に時間がかかり過ぎる」との理由で実施していない場合もある。

中には「昔からやっていたので他の地方でも普通に運動会の種目として採り入れられているものとばかり思っていた」と回答された先生もおられました。
ネットで検索してみると、運動会で「興味走」を実施している学校は圧倒的に新潟県の小学校が多く、他には隣の富山県にあるごく一部の小学校しか見当たりません。

「興味走」という単語は言葉狩りの以前から存在した

一連の「過剰な言葉狩り」批判で前提となっている「障害物競走」の「障害物」が不適切な単語という認識がいつから顕在化したのかについては、はっきりと時期が特定されています。それは2000年に東京都多摩市が公文書における「障害」の使用を取りやめて交ぜ書きの「障がい」を採用すると表明したことが発端であり、戦前に使用例があり中国・香港・台湾・韓国で現在も使用されている「障碍」(香港・台湾は正字体の「障礙」)の「碍」を常用漢字に追加する要望を文化庁が強硬に拒否している事情も重なって現在では多くの道府県や市町村が多摩市に追随する形で交ぜ書きの「障がい」を使用しています。
その影響で「障害物競走」も「チャレンジ走」や「サバイバルレース」、もしくは「山あり谷あり競走」のように言い換えられた事例もあるようですが、それほど大きな広がりにはなっていないとみられます。ちなみに日本語の「障害物競走」に相当する単語は、ハングルでは「장애물 경주」(チャンエムルキョンジュ、漢字表記「障碍物競走」)、また中国語では「障碍(香港・台湾では「障礙」)賽」(チャンアイサイ)です。

この話題になると、必ずと言っていいほど「大正期には既に『障碍』なる表記は『障害』に駆逐されてほぼ使用実態が無くなっていた」と「障害」表記を擁護する意見が出されますが、1921年(大正10年)に刊行された野口源三郎『第七回オリンピック陸上競技の印象』の169ページではハードル競走の章題が「障碍物競走」と表記されていますし、現在の法律でも手形法第54条や小切手法第47条、軌道建設規程第14条などに「障碍」表記が残存しています。1946年に当用漢字表が告示されて「碍」が放逐された後でも、競馬のジャンプレース『中山大障害』は1969年まで『中山大障碍』の名称で実施されていました。この当時の競馬新聞を見ると「障碍」表記が戦後も20年余り根強く残存していたことがわかります。また、1959年には中山大障碍を題材にした『花の大障碍』という映画も公開されています。

もし「興味走」が一部で批判されているような「過剰な言葉狩りの産物」だとすれば、2000年以降に造語されたものでなければつじつまが合いません。
ところが、多摩市が交ぜ書きの「障がい」を使い始めたのと同じ2000年に刊行された細川澄雄『「学級だより」応援歌』47ページには、多摩市が「障がい」を使い始めた15年も前にさかのぼる1985年の新潟市立桃山小学校の学級日誌で「興味走」が使用されていた事例が掲載されています。

 今、子供たちは、体育の時間を使って、それぞれの演技のための練習に励んでいます。四年生の種目は
・百メートル走
興味走(自転車の輪転がし)
・綱引き(三・四年一緒で)
・ダンス「キャプテン翼より」(三・四年一緒で)の四種目です。

出典‥細川澄雄『「学級だより」応援歌』(文芸社、2000年)47ページ。太字は筆者強調

「興味走」がいつ頃成立したのかはわからず……しかし「障害物競走」の言い換えでないのは確実

筆者の問い合わせに回答していただいた学校や教育委員会の担当の方が揃って言うには「興味走」という単語は「遅くとも20年ぐらい前から普通に使っていた」ということです。しかし、残念ながらいつ頃どの学校でこの競技が始まったのかや「興味走」という名称を考案した人物が誰なのかというルーツについては、有力な手掛かりが得られませんでした。

念のため、保護者などから「『障害物競走』は不適切だから『興味走』に言い換えて欲しい」という要請があったのかを確認したところ、どの学校および教育委員会でも「そのような事実は承知していない」という回答でした。

以上のように、新潟県の「興味走」は「障害」に対する言葉狩りが始まるよりも以前から存在していた「障害物競走」とは似て非なる種目であると結論付けられます。

画像‥運動会(写真素材 足成掲載のイメージを利用)

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