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アイドルの気持ちを丁寧に描く 朝井リョウ『武道館』

アイドルの気持ちを丁寧に描く 朝井リョウ『武道館』

 これはあるアイドルグループの物語である。折しも先週の土曜日にAKB総選挙が行われたばかり。同じグループ内のメンバーに順位を付けたり、CDを買えば買うほどたくさんの票を投票できたり、あこぎな商売方法だという批判も相変わらず大きいことだろう。しかし、進んでCDにお金を払うファンがいる間は、このシステムはなくならないのではないだろうか。

 本書の主人公・日高愛子は『NEXT YOU』というアイドルグループの一員。学校と仕事の両立に励む高校生だ。両親は離婚しており、父親とふたり暮らし。そして、同じマンションの真上の部屋には幼なじみの大地が住んでいる。愛子が大地に問いかける場面がある。「うちらがCDに握手券つけてやっと買ってもらったり、同じ人が何枚も同じCDを買ってくれたりすることって、そんなに悪いことなのかな」と。大地は「それでも買う人ってさ、それでも買う! って自分で決めてるわけじゃん」「お金を払うって、自分が何を欲しがってるのか、自分がなんだったら満足するのか、すげえ考えるしすげえ選ぶってことじゃん」「愛子は、CD売って、いろんな人たちを悩ませてる。(中略)自分がどんなヤツかって、いろんな人に考えさせてるだろ」と答える。もちろん、だからといって何百枚も買ったりするのはやっぱりやり過ぎだと個人的には思うが、買う側の論理が明らかにされているのがとても新鮮だった。本書は主にアイドル(愛子)視点で語られているが、さまざまな立場の人々のキャラクターが丁寧に描き込まれていることで物語に厚みが生まれていると思う。

 昔とくらべたら今のアイドルはずいぶん自由になった、というのはよく聞く話だ。確かに以前は売り出し中のアイドルに熱愛報道が出ることなどあり得なかったという気はする。しかし、事務所の締め付けや世間の風当たりが緩和されてきた一方で、昔はなかったネットでのバッシングというものが存在する。一般の人々が勝手に撮影した素の姿をネットで公開されたり、見知らぬ無記名の相手から悪意のあるコメントを書き込まれたり、ブログやTwitterが炎上させられたり…。個人情報保護法が叫ばれるようになっても、ルール違反は後を絶たず、特に芸能人などに関しては「有名税」というエクスキューズにより丸腰に近い状態で衆目にさらされることも珍しくない。実際『NEXT YOU』のメンバーたちも、「太った」と批判され、「演技力がない」と揶揄され、「学校ではぼっち」と暴露される。彼女たちを支える熱いファンもいれば、そういったコメントによって彼女たちがどれだけ傷つくかに思いを馳せることのない心ないアンチ、あるいはアンチですらない一般視聴者もいるということだ。

 応援しているファンたちでさえ、いとも簡単にバッシング派に回ることもある(彼らの心理については【応援はしているけれど、自分たちよりもいい生活をすることは許さない】【応援はしているけれど、アイドル以外の道で生きていけるほどの商品価値はないことはきちんと知らしめておきたい】とあり、激しく納得)。恋愛問題、嫉妬、進むべき方向性…。ファンサービスと普通の女の子としての思いの間でもがく、『NEXT YOU』メンバーのそれぞれの選択を見届けていただきたい。

 著者が女子の心情を描くのに長けていることは、『少女は卒業しない』(集英社文庫)を読んだときに気づいた。この本は連作短編集だが、すべて少女が語り手となっており、「女子高校生だった私より、女子の気持ちがわかってらっしゃる…!」と唸らされた。その感想は本書でも変わらない。アイドルである女の子の心の動きを、異性である彼がどうしてここまで理解できているのか。いや、上でも少し触れたように、朝井リョウという作家にはさまざまな立場の人々のことがわかっているのだ。アイドルに入れ込むファンの気持ち、アイドルの家族の気持ち、スタッフの気持ち、同級生の気持ち…。鮮烈なデビュー作だった『桐島、部活やめるってよ』(同)がいまだに代表作として語られることが多いと思うが、朝井氏はすでにいくつものステージを上がっている。「アイドルじゃなくなったあとも、生きていくんだよ、私たちって」と『NEXT YOU』のメンバーに語らせた彼は、新進の大学生作家じゃなくなったあとも、着実に執筆の幅を広げてきた。次はどんなキャラクターを描いてみせてくれるのか、これからも楽しみにしている。

(松井ゆかり)

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