高度監視システムの間隙をくぐり、悪党どもを出しぬいて、走る少年少女

高度監視システムの間隙をくぐり、悪党どもを出しぬいて、走る少年少女

 体制による管理が行き届いた息苦しい社会のなかで、アウトローのヒーローが支配の裏をかいて大活躍するSF。すぐに思い浮かぶのは、人類が宇宙へ広く進出した時代が舞台のハリイ・ハリスン《ステンレス・スチール・ラット》シリーズだが、『ラットランナーズ』はもっと私たちが身近に感じられる近未来のロンドンの物語だ。ちょっと面白いのは、ハリスンのシリーズもこの新しい作品(2013年発表)も、管理社会の隙間をくぐる主人公を「ラット」になぞらえている点だ。

 本書の管理機構はウォッチワールドと呼ばれる。市民の活動は監視カメラと監視員(彼らは個人の居室まで入りこんでくる)によって記録のうえ、巨大システムの分析に付される。見たテレビ番組、食事のメニュー、使用している日用品、訪れたウェブサイト、電話で話した相手、メールや発言の内容……すべて筒抜けだ。ただし、十六歳未満は健全育成のために監視対象から外されており、これに目をつけた犯罪組織が年少者を配下に取りこみ非合法活動の片棒を担がせている。主人公のニモもそんな少年のひとり。フリーランスだが、しばしば裏社会の大物ムーブイージーの依頼を受けていた。

 緻密な計略にたけたニモは、いくつもの偽称身分を使いわけている。彼の父親は犯罪史上に残る窃盗をおこない、世界の半分の警察と少なからぬ犯罪組織から追われる身になったものの、アイルランド警察の内偵だった女性と恋仲になって結ばれた。ふたりのあいだに生まれたのがニモだが、その後に波瀾があって少年はずっと独り暮らしだ。このドラマチックな設定からもうかがえるように、本書はいろいろと少年マンガ的ケレンがきいている。

 ニモとチームを組むことになるほかのメンバーも個性派揃いだ。科学分析に精通した少女スコープは沈着冷静だが、人づきあいが苦手。彼女はムーブイージーの子飼いだが、あくまでビジネスと割りきっておりボスには嫌悪を抱いている。

 変装の達人で心身ともにタフなマニキンと、彼女の弟で天才的なハッカーのFXは、ニモと同様でフリーランスだ。この姉弟はなにかといえば喧嘩をするが、そのやりとりが愉快だ。お互い頭に血がのぼってわめきあうものだから、彼らを束縛しにきた悪党さえ置いてきぼりにされてしまう。かなり笑えます。

 この4人の少年少女は有能なラットランナー(翻訳では「抜け道小僧」の訳語を当てている箇所がある。ウォッチワールドのなかではそれくらいの軽い扱いなのだろう)だが、あくまで悪党どもの手先として生きる弱い立場だ。その彼らがいかにして犯罪組織を出しぬくかが、この物語のいちばんの面白さ。途中まではけっこうシビアでジワジワと追いつめられていくが、反攻に転じてからはスカッと痛快。

 カギとなるのは、ニモが隣人の科学者ブランドルから託された研究成果だ。その研究内容も監視社会と深く関係している。ニモはその全容を知らされていないが、もともとブランドルは無線タグの皮下インプラント化に取り組んでいた。その価値に注目した犯罪組織につけ狙われ、ブランドルは命を落とす。ニモは彼から謎のケースを預かっていたが、そのことは誰にも知られていない。皮肉なことにムーブイージーが、そのケースのゆくえの捜索をニモに命じる。先述したように、ニモは偽称身分を使っているため、ムーブイージーはブランドルの隣に彼が住んでいたことを知らないのだ。

 また、ムーブイージーに対抗する犯罪勢力が同じようにケースを狙っているせいで、事態はさらにややこしさを増す。その一団を率いているのは正体不明の人物ベイパー。ニモと仲間たちが事件を追ううちに(ケースを捜索するふりをしながらブランドルが殺された事情を探っていく)、ベイパーがありふれた逆賊ではないとわかってくる。そこで浮かびあがる構図こそ、この作品のディストピアSFとしての奥行きだ。

 とはいえ、基本的にはラットランナーたちの知恵と勇気に喝采しながら読むのが正解だろう。狡知で魁偉な犯罪組織の親玉、卑怯で残忍なチンピラ、冷酷な腕利きの殺し屋、オタク丸出しの無法ハッカー……、ワルモノ勢もキャラが立っている。

(牧眞司)

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