「今の出版業界の仕組みでは本作りの熱意が伝わらない」 元・新潮社編集者のつぶやきが話題に

宮本和英氏のツイート(『Twitter』より)


「今の出版業界は、本づくりの熱意が見えなくなってしまう仕組みになってしまった」。元・新潮社のベテラン編集者であり、ローティーン向け雑誌『nicola』創刊編集長を務めた宮本和英氏が、『Twitter』でつぶやいた“出版界の裏話”が大きな話題を呼んでいる。著者や担当編集者が熱意をこめて作った“良い本”が書店の棚に並ばないのはどうしてなのだろうか? 宮本氏がツイートした2つの実体験エピソードの主な内容と、ツイートへの反響に対する同氏のコメントを合わせて紹介しよう。

宮本和英氏のツイート(『Twitter』より)

ひとつめは、『nicola』創刊当時のエピソードだ。『nicola』は、当初売れ行きが伸び悩んだが、販売データを詳細にチェックすると完売している書店がところどころにあることを発見。「お客さんは確実にいる!」と手ごたえを感じて営業会議で販売プランを提案したが、「そんなことやっても効果はない」「結局、雑誌の中身が良ければ売れて行くはず」などと言われ、前向きに検討してもらえなかった。

しかし、完売店の存在は雑誌にとって「いい芽」。これを見過ごしてしまえば、雑誌はあえなく廃刊に追い込まれてしまう。宮本氏は「完売店を増やす」ための配本ルールを考案。雑誌営業のベテランではなく、週刊誌編集部から異動してきた若手営業担当者の全面的な協力を得て、完売店数を増やすと同時に全体の実売数を着実に伸ばすことに成功したという。ちなみに『nicola』は、今も月間23万3647万部(JMPAマガジンデータ2011/2010年7~9月の平均印刷部数)を発行する人気雑誌として健在である。

宮本和英氏のツイート(『Twitter』より)

もうひとつは、宮本氏が『猪木寛至自伝』(新潮社刊、文庫版は『アントニオ猪木自伝』に改題)を担当したときのエピソードである。猪木氏がついに引退して初めて自伝を発表するという話題性から万単位の初版部数を考えていた宮本氏は、営業担当に「○千部」と聞かされてビックリ。営業担当は、過去の関連本で一番売れていなかった本の部数調べて「営業的に分析してみた結果」だと主張したという。

そこには「猪木氏がついに引退」「初めての自伝」などの話題性はまったく加味されていないばかりか、編集者が必死でとってきた企画であることに対する敬意もない。類書の実売部数の最低数を基準にするなら、営業としての判断はないも同じことになる。すったもんだの末、最終的には宮本氏の要望に近い部数に決まり8か月後にはキレイに完売。営業担当は販売データを見せて宮本氏に謝罪することになった。

宮本和英氏のツイート(『Twitter』より)

ツイートへの反響について宮本氏にコメントを求めたところ、「これほど反響があるとは思っていなかった」とのこと。「出版不況の折、企画を通すことがますます難しくなっており、『何部売れるのか?』という営業サイドからの問いかけのなかで、本当は出版してみなければ分からない企画の行き場がなくなってきています」。しかし、「返品増加に対応しなければいけない営業サイドが、本音のところでどれだけ売れるのか、どれだけ作ったらいいのか、そのことのみに集中してしまうのもある意味で当然」と分析し、「要は出版界の流通の仕組み自体が機能不全を起こしている」と話す。「成熟した日本社会の多様化したニーズに対応できる新しいシステムが求められている。そのことを切実に思う人々がたくさんいるのだなあと僕自身は心強く感じました」。

また、現時点で宮本氏が考える「新しいシステム」を問うと、「再販商品にしない」「取次委託販売をしない」ことを2大原則に、「ネット書店での予約獲得と売り場による特典などの付加価値をつけた販売(売り場によって価格が異なることもありえる)」という方法を「現実的な選択」として挙げられた。今後は、タレント写真集『月刊NEO』シリーズを、ほぼ毎月刊行することを予定しているという。

作り手側と営業側の意見対立は、どの業界にもありがちなこと。しかも長引く不況のなかで、新しいアイデアや企画が通りにくいのは出版業界に限った話ではない。宮本氏のツイートに垣間見えた日本社会の行き詰まり感こそが、多くの人の共感を呼んだのではないだろうか? 「そういうことを重ねていくと、だんだんやる気がなくなっていくのが人の常ですね」とつぶやきつつも、新たなシステムを模索する宮本氏に、へこたれずに自分の仕事に向き合う勇気を見習いたいものだ。

『元新潮社編集者・宮本和英さんが、出版業界の裏話を語る語る。』-Togetter
http://togetter.com/li/87055
※画像は『Twitter』より引用
 
 

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Kyoko Sugimoto

京都在住の編集・ライター。ガジェット通信では、GoogleとSNS、新製品などを担当していましたが、今は「書店・ブックカフェが選ぶ一冊」京都編を取材執筆中。

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