理系キャラが出版社で大奮闘!〜向井湘吾『リケイ文芸同盟』

理系キャラが出版社で大奮闘!〜向井湘吾『リケイ文芸同盟』

 第34回記念だった2回前の本コーナーで、「同じ著者の小説を二度取り上げるのは朝倉かすみ氏が初めて」と告知させていただいた。そして第36回記念のこのたび(キリ悪いっつーの)、向井湘吾氏も松井史上二人目の”再チョイス”作家となられたことをここでご報告申し上げたい。

 さて、本書でもメインで活躍するのはバリバリの理系キャラ。「一秒たりとも迷うことなく」大学の理学部数学科に進んだ主人公・桐生蒼太は、向井作品においては正統派といえよう。大学選びは即決でも卒業後の進路には迷っていたところを恩師に勧められて出版社に就職し、科学のおもしろさを伝える「かがく文庫」を編集する部署で入社以降ずっと働いていた。桐生は数値化できないものに抵抗があり、すなわち人の心の機微のようなものには疎い。そんな性格ゆえ仕事場では人一倍苦労もしたが、三年弱勤めてきてなんとか身の振り方を見つけることができたと感じていた矢先、突然文芸編集部への異動を命じられる。

 出版社に果たしてどれくらいの割合で理系出身者がいるものなのか、正確なところは知らない。ただ、例えば理数系の本を刊行しているところであればもちろん理系の人々の割合は大きくなるのだろうけれど、少なくとも一般的な出版社において文系出身の社員の方が多いことは間違いないかと思う。文芸に移っていちばん桐生が面食らったのは、市場動向をみるデータといいつつ、その数字が編集者にとって都合のいいように使われていたこと。文系の人間には生み出せない傑作をプロデュースしてやろうという意気込みで、大学から同期でともに励まし合ってきた営業部の嵐田とコンビを組み、桐生は自分たちを「理系文芸同盟」と称することに。文芸編集部のトップ・曾根崎にはほぼ完全否定されつつも、後輩女子・鴨宮の応援を受け、どんな本なら売れるのかについてのデータの収集・分析に励む桐生たち。少しずつ自分たちのやり方が受け入れられてきたと感じるふたりだったが、本作りというものは一筋縄ではいかず…。

 文系と理系。両者がどれだけ違っているかということを、極端なサンプルを用いて語られがちな例である。文系は他人の気持ちを推し量るのがうまく、理系は空気を読むのが苦手、とか。もちろんある程度は当たっているのだろうが、実際には文系寄りの理系人間もいれば理系に近い文系人間もいる。本書では桐生と嵐田の大学時代の恩師・西堂がとてもバランスの取れた人物に描かれている。「杓子定規に生きることは、真の理系にあらず」「何事も柔軟に」などの箴言に、自分もこうありたいものだと思わされた(私、理系ではないんですけど)。

 これまでのところ著者は、デビュー以来理系がらみの小説で勝負されてきたといっていいだろう。同じ著者の『みんなの少年探偵団』(ポプラ社)に関しては未読のため確定情報ではないのだが、収録作品名は「指数犬」だそうだし。同じ傾向のものを書き続けることにはリスクも伴うが、自分の強みをアピールすることも大事といえる。作家としては今後どういう題材のものを描いていくか、悩ましく感じられるところではないだろうか(大塚家具がカジュアル路線を選択するのでほんとうによかったのかどうか、まだわからないのと同じか。いや、同じじゃないかも)。読者としてはおもしろい本が読めればいいので、理系全開の作品でも、あるいはまったく毛色の異なる作品でも、どちらでもお待ちしています。

(松井ゆかり)

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