第16回 『ピクサー流創造するちから 小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法』 〜映画という特殊な商品をビジネスとして成功させ、スタジオに活気をもたらすには、どうしたら良いか?

●彼らがピクサーとディズニーを成功させた理由

 ディズニー・アニメがこのところ絶好調だ。我が国においては昨年春の『アナと雪の女王』が、興行収入254.8億円をあげ、歴代ヒット作の第3位の座に輝いた。それに続いてこの正月に公開された『ベイマックス』も、目下興収90億円を突破。4月にはDVD、BDなどパッケージ・メディアを発売する告知もされたというのに、公開3ヶ月目を迎えた映画館では、未だ観客が詰めかけているという。

 『アナ雪』も『ベイマックス』も製作したのはディズニー・アニメーション・スタジオ。ウォルト・ディズニーが設立した、長い歴史を持つアニメ映画の老舗だ。だがこのスタジオは何度となく経営危機や作品の不調(クォリティの面でも、興行面でも)に見舞われ、数年前までは大きなスランプのただ中にあった。ところが2012年にアメリカで公開された『シュガー・ラッシュ』あたりから、作品的な評価が上昇、興行的にもヒットするようになり、ついには『アナ雪』『ベイマックス』の2作品が全世界で大ヒット(特に日本市場での成績が突出している)し、この2本がアカデミー賞の長編アニメ映画賞を受賞するという、まさにディズニー・アニメの新時代を築き上げたのであった。

 ディズニー・アニメーション・スタジオがここまで大成功を収めたことに貢献したのが、ウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOボブ・アイガーのもとで、現在スタジオの経営に携わっているエド・キャットラルとジョン・ラセターのふたりである。そのうちキャットラルが、ジャーナリストのエイミー・ワラスと著したのが、この『ピクサー流創造するちから』である。タイトル通り、キャットラルとラセターが、ルーカスフィルムの一部門だったピクサー・アニメーション・スタジオで培った、様々なシチュエーションを通して得たノウハウを、当事者自身が語るスタイルをとっている。世界初のCGアニメ映画『トイ・ストーリー』を製作し、大ヒットを記録。以後ピクサーは『バグズ・ライフ』『ファインディング・ニモ』『モンスターズ・インク』『トイ・ストーリー2』と大ヒット作を連発するのだが、2006年になってオーナーのスティーブ・ジョブズが同社をディズニーに売却。以降キャットムルがディズニー・アニメーション・スタジオとピクサー両社の社長に、ジョン・ラセターはチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任。時代に乗り遅れた感じのアニメ・スタジオに、往年の勢いを取り戻すことに成功した。

 本書はふたつの点において、興味深い書物である。ひとつは新しいテクノロジーで作られたアニメ・スタジオが、いかに映画産業の一角に食い込み、そこで存在感を増していくか。そのプロセスが語られていること。もうひとつは、キャットムルとラセターが、いかにして老舗のディズニー・アニメーション・スタジオに活気を取り戻し、それが作品のクォリティ・アップと大ヒットに繋がったかが描かれていることだ。

●映画会社を舞台にしたビジネス書でもあるのだが…

 本書の面白さは、そうした映画ビジネスの実態がリアルに描くことで、ピクサー作品やディズニー・アニメに興味のある読者の好奇心を充たしてくれる。映画業界について、さほどディープな知識がなくても、たまたま映画という商品を扱っているだけの、ひとりの経営者のサクセス・ストーリーとして読んでも面白い。
 だがしかし、この本を「ビジネス書としても素晴らしい」と評価する声には、正直、疑問を感じてしまう。

 私ごとになるが、僕がビジネス書の類いを読んでいつも感じるのは、事業に成功した手柄が、すべて経営者のものになっている。そうした傾向がとても強いことだ。つまり、企業を統括して事業を推進する管理者が、こういう手段で人材を管理し、ビジネスを進めていったから成功した。「こういう風に部下を動かした」ことが成功の要因であり、故にその功績はすべて経営者のものという論調。
 そうだろうか?

 一般の商品ならば、それも納得出来るかもしれないが、映画という精神性の高い、特殊な商品を扱う業界では、必ずしもそうとは限らない。
 なぜかといえば、映画がビジネス的に成功する=映画館に多数の観客を集め、多額の興行収入を上げる。つまりヒット作を生み出すためには、ビジネス的な戦略や経営管理の優劣で決まるのではなく、観客が求める「面白い映画を見たい」という欲求に答えているかどうかだ。つまり、作り手の力量やモチベーションこそが、映画という商品の商業価値を左右すると言えるだろう。ましてや制作プロセスが密室作業であるアニメ映画の場合は、特にその傾向は強くなる。

●映画の商業価値は、作り手の力量とモチベーションが大きく反映される。

 本書はキャットラルの話をジャーナリストであるエイミー・ワラスが著した書籍だが、従来「ピクサー=ジョン・ラセター」というイメージが強くあったため、そのラセターのビジネス・パートナーであるキャットラルが表舞台に現れて、経営者の視点からこれまでの功績を語った。ラセターの、あの巨体の影に隠れがちなキーパーソンを発見したことを喜ぶ読者も少なくないだろう。ラセターだけがピクサーとディズニーを盛り立ててきたのではなく、キャットムルの貢献度も彼と同じぐらい大きいことが、本書によって立証されたとも言える。

 優秀な経営者がいるからこそ、優秀な作品を創作することが出来るのだ。だが逆もまた真なり。優秀な作品が作られるからこそ経営がうまく行く、ということも映画産業では事実だ。1本の映画が失敗したために、倒産してしまった映画会社も過去には存在する。そのことは、映画産業の内情を30年近く見て来た者として、強調しておきたい。

●”経営者が映画を作っているのではない!! 主役は君たちだ!! “

 昨年11月、NHKでオンエアされた「魔法の映画はこうして生まれる」で、これまで秘密とされていたディズニー・アニメーション・スタジオの映画製作のプロセスが、初めて映像で明かされた。『ベイマックス』の製作中、スタッフは多くの壁に突き当たる。そしてその都度、チーフ・クリエイティヴ・オーサーのジョン・ラセターは関係者から多くの意見やアイディアを集めて突破口を切り開き、スタッフは見事な作品を創り上げていく。「映画を作るのは経営者ではない!! 主役は君たちだ!!」。『ベイマックス』の制作スタッフにそんな言葉を発して激励するラセターの姿は、勇ましく、また頼もしい。

 スティーブ・ジョブズがピクサーをディズニーに売却し、まさしく「ピクサー流」の映画制作をディズニー・アニメーション・スタジオに導入することで、長いスランプに陥っていた老舗スタジオが息を吹き返し、そこで働く人たちのモチベーションが、格段にアップした。「やれば出来る子たち」が本来の力を発揮したのだ。その成果が『アナと雪の女王』であり『ベイマックス』なのである。現場で彼らを勇気づけ、モチベーションを高めたラセターの力、それを経営者として推進したキャットムル、そしてディズニーのボブ・アイガーにピクサーを売却する際、キャットムルとラセターをスタジオの経営に当たらせることを条件としたスティーブ・ジョブズ。3人のビジネス・パートナーの勇気と決断があったからこそ、これらが可能になったに違いない。

 余談だが、ラセターとキャットムルは、現在もディズニー・アニメーション・スタジオとピクサー両社の経営を行っているが、ディズニーの快進撃に対して、このところおとなしめだったピクサーも、7月には新作『インサイド・ヘッド』が日本公開され、その後もヒット・シリーズの新作『ファインディング・ドリー(原題)』や『トイ・ストーリー4』を製作・公開する予定があることを付け加えておこう。

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