手に汗握るビブリオバトル〜山本弘『翼を持つ少女』
みなさんはビブリオバトルを知っていますか? 本が好きでこのサイトを見に来られるくらいですから、おそらくはかなりの数の方がご存じですよね。では、実際にご覧になったことがある方は? こちらはまだ多数派ではないんじゃないかと思います。考案されてからの歴史はまだ長くないですから。私は見たことあります。三男が小学6年生だったときの参観日にですけど。小学生だからといって、なかなか侮れないですよ。選んだ本も予想以上に多岐にわたっていましたし、「バトル」という言葉の響きに熱くなる年頃ですから(担任の先生も「ただ単に『お薦め本を紹介しよう』というノリのときとは目の色が違う」とおっしゃっていました)。
さて、今回私がご紹介するのは、山本弘さんが書かれた『翼を持つ少女 BISビブリオバトル部』という本です。山本さんはSF界では第一人者と言っていいでしょう。硬軟取り混ぜたさまざまな作風の作品を書いておられます。私が初めて読んだ山本さんの作品は『神は沈黙せず』で、それまで読んだことのないタイプのハードなSF小説だったにもかかわらず、ぐいぐい引き込まれました。その後に読んだ『MM9』は、エンタメ寄りの小説だったのでびっくりしました。『神は沈黙せず』の著者が怪獣を出してくるとは思わなかったので…。
え〜、ここまででSFファンの方はすでにおわかりかと思うんですが…。私、ほとんどSFには詳しくないんですね。あとがきで山本さんが「個々の作品には人気が出ても、読者の興味はSFというジャンルには向かない」と書かれているんですけど、まさに「あ、自分のことだ」と思いました。「SFを読んでいない人に、SFの魅力をどう伝えればいいのか」を考え続けた山本さんがたどり着いた答えが、この『翼をもつ少女』なんです。著者のSFに対する愛情がひしひしと感じられるあとがき、ある意味本編以上に感動的なのでぜひお読みになってみてください。
肝心の作品の内容については題名からも予想されているかと思いますが、ビブリオバトル部の話です。補足しますと…「BIS」とは「美心国際学園」という中高一貫校の学校名で、中等部と高等部は一緒に部活動を行っています。この本の語り手は2人のビブリオバトル部員です。SFをこよなく愛する伏木空と、ほぼノンフィクションにしか興味のない埋火武人。2人が少しずつ距離を縮めていくラブコメ的な要素に思わず和む一方、人種差別や障害者差別などに関するヘイトスピーチの問題も取り上げられ、気持ちが塞ぐ場面もあります。ビブリオバトルを政治的なプロパガンダの場として利用しようとする勢力に部員たちがどのように対抗するか、まさに手に汗握るバトルが繰り広げられます。
そんな中、空はもっと純粋な気持ちでビブリオバトルに臨みたいと考えます。SFの素晴らしさや、SFだからこそ描ける真実があることを伝えようとするんです。これこそが、山本さんがビブリオバトルという形を借りて訴えたかったことなんじゃないでしょうか。私自身はSFに詳しくないですけど、空という少女に心から共感しながら読みました。確かにノンフィクションにはおもしろくて素晴らしい作品がたくさんあるし、世の中の真実を鮮やかに伝えるものだということには全面的に同意します。ですが、つらいことや悲しいことがあったときに、物語や小説を読むことで自分がどれだけ勇気づけられたかわかりません。事実でないものの中にも真実はあります。私や私と同じような読者のみなさんは、フィクションという作り事に支えられてきたのですから。
今回のこのレビューはビブリオバトル風に書いてみました。空ちゃんの口調っぽく書いたつもりなので、ちょっと若ぶってしまいましたが…。私も「翼を持つ”元”少女」ということでご容赦ください(爆)。実際のバトルではありませんので、質疑応答の時間は取れませんし、投票のために挙手していただく必要もありません。このレビューによって「『翼を持つ少女』、読みたい!」と思ってくださった方は、どうぞ読んでいただければ。ご清聴…じゃなかった、ご清覧ありがとうございました。
(松井ゆかり)
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