羽生善治 神の一手!
今回は罪山罰太郎さんのブログ『俺の邪悪なメモ』からご寄稿いただきました。
羽生善治 神の一手!
先日行われたある将棋の対局で、羽生善治名人が、「すわ、“神の一手”か!」と思うほどの凄(すさ)まじい手を放って勝ちました。柄にもなくスゲー感動したので、イキオイで紹介します。普段将棋を指したり観たりしない人にも、スゴさが伝わるように頑張って書くので、良かったらお付き合いください(てか、俺(おれ)自身、完全に手の意味を理解できるほどの棋力はないので、ガチでマニアな解説は専門誌でどうぞ)。
その一手が出たのは、去る8月16日の竜王戦挑戦者決定戦第1局。
「2010年8月16日 第23期竜王戦 挑戦者決定戦第1局」『第23期竜王戦中継』
ryuou/kifu/ryuou20100816.html
羽生名人の相手は、久保利明 二冠。
将棋ファンじゃないと久保の名前は知らないと思いますが、現在“棋王”と“王将”という2つのタイトルを保持する超実力者。実績、実力共に羽生と互角の最高クラスの棋士です。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2010/03/18/KFullNormal20100318119_p.html
「2010年3月18日 第59期王将戦7番勝負第6局 新王将になり対局場”元湯陣屋”の客や従業員に祝福される久保棋王」Photo By 『スポニチ』
王将タイトルを奪取したときの尋常じゃないめでたさの久保。
さて、下の図が羽生の“神の一手”が飛び出した局面。手前の先手が久保。奥の後手が羽生。ここまで67手指していて、次は羽生が指す番です。
いきなりこの図を見ても普通の人には分かりにくいと思うので、羽生の陣地Aと久保の陣地Bに分けて簡単にどういう状況か説明します。
まずAの羽生の陣地を見ると……。
aのマスに龍(りゅう)という駒(こま)が攻め込んでいます。龍(りゅう)は将棋では最強の駒(こま)、まあ呂布(りょふ)みたいなもんです。矢印で示したように、タテヨコに龍(りゅう)の駒(こま)が利いてるので、羽生の王様は下に逃げることができませんし、そのうち桂馬(けいま)も取られてしまいそうです。呂布(りょふ)に城の中に侵入されてるワケですから、部分的には大ピンチといっていいでしょう。
さて一方、Bの久保の陣地を見ると……。
aのマスに羽生の角が攻め込んでいます。角も攻撃力の高い駒。まあ関羽(かんう)といったところでしょうか。しかし、よく見てみると、この角はbのマスにいる金で取られてしまいそうです。一見cのマスに逃げられそうですが、実は遠くaの龍(りゅう)が利いていて取られてしまいます。角が単独で抵抗するならdのマスの金を取って心中するくらいです。呂布(りょふ)は攻めてくるわ、関羽は捕まるわで、素人目には結構大変な状況に見えます。
で、俺(おれ)はこれをリアルタイムで観戦してたのですが、まあ重要なのは自分の角と相手の龍(りゅう)だろうと。角を死ぬ前に働かせるか、あるいは相手の龍(りゅう)の働きを弱めるか。難解すぎて俺(おれ)の棋力では具体的な手順は分からないんですけど、そーゆー意味の手を羽生は指すんだろうな、と思っていました。
しかーし! ここで羽生が放った手は……。
3六歩!!!!
角も龍(りゅう)も放置して、歩をちょいと進めるだけの手だったのです!
えっ? なにそれ?
呂布(りょふ)放置、関羽見殺しで、城の外の名もなき一兵卒を一歩進めただけ!?
驚いたのは俺(おれ)だけじゃありません。控え室で検討していたプロ棋士のみなさんも悲鳴をあげたそうです。
中継コメント *1 及び中継ブログ *2 より抜粋(控え室で検討していたプロ棋士たちの声です・笑)。
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「こんな手があるの?」
「ええっ、どういうこと?」
「ひぇ~」
「えっ、ここで突いたんですか」
「ここで△3六歩~ぅ」
「角取れるよ?」
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*1:「2010年8月16日 第23期竜王戦 挑戦者決定戦第1局」『第23期竜王戦中継』
http://live.shogi.or.jp/ryuou/kifu/ryuou20100816.html
*2:「驚愕の一手、△3六歩」2010年8月16日『竜王戦中継plus』
http://kifulog.shogi.or.jp/ryuou/2010/08/post-703e.html
うーん、角が取れるのは俺(おれ)でも分かります。この局面で、龍(りゅう)を放置したまま、タダで角を取られるとどうなるかっていうと、例えば王様の下から角を打たれて、王手飛車取りをくらっちゃうんですね。
普通、これはタマランです。でも羽生の3六歩はこれを「やってこい!」といってるのです。
控え室の棋士からは更にこんな声が。
************
「おかしいでしょ、こんな終盤で手を渡すなんて」
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狂人あつかいです(笑)。
子どものころからどっぷり将棋漬けで、厳しい戦いを勝ち抜いてきたプロ棋士にしても、完全に理外の一手。それがこの3六歩だったのです。この3六歩のあと、すぐ角を取ると、3六の歩は更に進んでと金に成りこんな局面になります。
と、金ができたおかげで敵の王様も危なくなってるんですが、すぐに詰むワケじゃありません。先ほどの王手飛車取りをかけられてそのまま詰まされたら負け。すぐ詰まされなくても、あと一手で詰む状態の“詰めろ”をかけられてもたぶん、負けです。
と こ ろ が。
ここで王手飛車取りを食らっても、羽生の王様は詰まないどころか詰めろにもならないようなのです(厳密には結論が出てないようですが、少なくともトップ棋士といえども時間のない状態で羽生の王様を捕まえる手を見つけるのは困難な局面のようです)。
一方、羽生のと金は確実に敵玉に迫っており、王様さえ捕まらなければ、羽生の必勝になるのです(なお、このと金を作らせない為に、3六歩を同歩と取る手に対しては、3七の地点にスキができるので、角を取られる前にガシガシ攻めて食いつくことができるようです)。
久保は、この王手飛車取りの順ではなく、龍(りゅう)で桂馬(けいま)を取ってから角を取る順を選びましたが、これでもやはり羽生の王様は捕まらないのです。
72手目の局面
ここで久保は角、桂馬(けいま)、香車(きょうしゃ)、歩の持駒(もちごま)があるのですが、羽生の王様に迫る手はなく、プロ的にはこの局面は“羽生勝ち”になっているそうです。
実際の対局も羽生がこのまま勝ちきりました。
羽生が指した3六歩という手は、何もないところから突然出現したワケではありません。将棋は完全情報ゲームですから、3六歩という選択肢は盤上に存在していたのです。
しかし、それはだれにも見えませんでした。間違いなくそこにあったのに、人々の認識の外にあり、だれにも気づかれなかった一手。一人の男が、わずかに指先を動かしただけで、それはだれの目にも見える形で顕れ、多くの人の度肝を抜き、ある者には感動を、そしてある者には恐怖と絶望を与えたのです。
―これは、この21世紀に確かに存在する、魔法です。
将棋って面白いんですよっと。
執筆: この記事は罪山罰太郎さんのブログ『俺の邪悪なメモ』からご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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