“なりたい自分”になる危険性

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なりたい自分になる危険性

今回はkikakuguyさんのブログ『ゲーマーチ』からご寄稿いただきました。

“なりたい自分”になる危険性
“なりたい自分になる”こそ、幸せの第一条件と思ってない? みんな“なりたい自分”になろうと、努力している。それが生まれてきた意味とでも、言わんばかりに。自己実現至上主義ってやつだ。

だから、なりたいものがない人は、こぞって“自分探し”と称して海外旅行にいく。外国の世界遺産や観光地を巡っても、自分は見つからない。歩いている金髪美人に「お、あの子、胸でかいなぁ」などと思う。結局“おっぱいが好きなんだ”という自分を発見し、帰路につくのが関の山だ。

僕の場合は、昔からゲームプランナーになりたかった。夢だった。

高校時代、全国模試で偏差値38だった僕は「このままじゃいかん」と、浪人して、すごく勉強して、国立大学に入った。大学4年になって、就職活動を努力したが、世間は不況。どこもひっかからず、就職浪人を一年した。そして僕は、夢にまで見たゲームプランナーに“なった”。栄光をつかんだ、はずだった。

でも、そこでハッピーエンドにならなかった。ゲームプランナーになっても、自分の好きなゲームをすぐに作れるわけではない。ディレクターになる必要があるのだ。優秀な同期がたくさんいる中、案の定、頭の悪い僕はオミソ扱いされ、後輩に抜かれてしがない一プランナーとして、現在に至るわけだ。

おかしい。自己実現したはずなのに“幸せじゃない”。だって“なりたい自分”とかけ離れている。自己実現の達成はゴールじゃなくて、新たな自己実現のスタートだったのだ。もし、たとえディレクターになれたとしても「“もっと売れるゲームを作る”ディレクターになりたい」と、思っていただろう。

シンデレラと同じだ。

あの女は、最初は舞踏会に行きたいだけだったのに、最後は王子と結婚し、王女になっているわけだ。きっと彼女は王女になった後、嫉妬(しっと)から側室を皆殺しにし、権力欲しさに王子を失脚させ、「世界一の王女になる、挙兵せよ。目標、ジャブロー」という話になっていただろう。

“自己実現”を繰り返した果てにあるのは、世界最高の金持ち? 世界一の絵の上手いアーティスト? 世界最強の男? つまり『グラップラー刃牙』 *1 ? だから、僕は「なりたい自分」を考えるのを止めた。そして、自分の過去をふりかえってみた。

そこいたのは……ゲームが好きで、貧乏な家に育って、登校拒否になって、自殺を考えて、全国模試偏差値38で、天然パーマで、女の子から告白されたことは一度もなくて、貯金もほとんどなくて、夕方が好きで、猫が好きで、アメリカが好きで、第2次世界大戦記が好きで、今年32歳で、ゲームプランナーになって、落ちこぼれているただの男だった。

だからこのブログに、自己啓発とか、成功するための秘訣(ひけつ)とか、『iPad』のレビューとかを書くことはできない。でも、こんな人生だからこそできることがある。

フラれた友達に徳川家康の話をして励ますことが出来る。おじいちゃんと夕方、歩きながら第2次世界大戦の話で盛り上がれる。お金がなくても、チラシの裏でボードゲームを作って遊べる。将来、子どもが生まれたら、登校拒否になったときも、一緒に泣いてあげられる。それは今の僕で、十分、出来ることばかりだ。そこに、自己実現は必要ないんだよ。

僕がもし『シンデレラ』の作者だったら、ラストはこうするな。
王子:ガラスの靴がぴったりだ!結婚してください、シンデレラ。
シンデレラ:ごめんなさい。舞踏会、あんまり面白くなかったし、いつか小さいクリーニング屋をはじめたいの、お年寄りをターゲットにして。え? 頑固で、偏屈な人が多いから大変だろうって?大丈夫、私怒られるのには慣れているから。

こっちのシンデレラの方がずっとずっと好きだ。

*1:『グラップラー刃牙 』板垣恵介 著 / 少年チャンピオンコミックス(秋田書店)
http://www.akitashoten.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?key=search&isbn=053092

執筆: この記事はkikakuguyさんのブログ『ゲーマーチ』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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