かつて何かに熱中した人へ送る『ナウ・ローディング』

かつて何かに熱中した人へ送る『ナウ・ローディング』

 詠坂雄二が2012年に発表した連作短編集『インサート・コイン(ズ)』(光文社)は意欲的な作品だった。「ドラゴンクエスト」などの家庭用ゲーム機全盛期に発表されたタイトルを取り上げ、ゲームのシナリオやそのプレイヤーたちに光を当ててみせたのである。ゲームを題材にした「日常の謎」ミステリーであり、そのアイデアはもちろん画期的である。

 ゲーム業界に詳しい人に教えてもらったのだが、コインのクレジットがなくなったとき業務用ゲーム機の画面に「INSERT COIN(S)」と表記されるのは、お店ごとにコインの種類を変えられるように、ゲーム会社に対してデフォルトとして求められる決まりなのだそうだ。そういえばゲームセンターに誰もが通っていたあのころ、100円一枚だけではなく、10円2枚で遊べるような筐体も存在した。設定が最初からそうなっていたのだ。そんなトリヴィアルな視点からゲーム業界が描かれている作品だった(ただし上記の表記についての解釈は、作中に書かれていたものとは異なる)。

 また何も不安がなく、このまま人生の春が続いていくと思っていたころを後年(いわゆる朱夏の時代である)から回想するという仕掛けが、時間の流れという苦い風味を小説に呼び込んでいた。収録作の後の方になるほどその傾向が強く、読後には切ない思いが残った。追憶と諦念は、詠坂作品に共通する要素でもある。

 新刊『ナウ・ローディング』は、『インサート・コイン(ズ)』後半の流れを汲んだ続篇である。最初の「もう1ターンだけ」が「ビデオゲームの本質とはルールの電子化である」、次の「悟りの書をめくっても」が「ビデオゲームにおけるRTAという用語を御存知だろうか」と始まるように、ゲームの小説という結構は前作から引き継がれている。ただし、作品個々の風合いはだいぶ異なる。その二作はミステリーの要素が稀薄で、それぞれ動機探しという興味はあるのだが、むしろゲームの世界に夢を見たことがある者がどのように現実と向き合って今生きているか、ということのほうに重点が置かれている。しかし第三話の「本作の登場人物はすべて」以降の三作では、この作者ならではの非常に屈折したやり方ではあるが小説の中で謎を扱うことについての言及がなされており、無邪気な謎解き小説ではないものの、純粋なミステリーファンにとっても楽しめる内容になっている。

 特に好まれるのは、四話目の「すれちがう」ではないだろうか。ここでは作者自身を思わせるヨミサカという人物が登場して、小学生たちと交流を持つ。「見た目はまるきり、那須正幹の世界観だな」などという台詞があって、クスリと笑わされた。最終話であり表題作の「ナウ・ローディング」は、『遠海事件』などの詠坂の過去作にも接続を持っており、ファンならば必読だ。この中に作中人物が無邪気に夢を語れた時代と今との乖離について語る場面がある。それをゲームの世界における春秋に重ね合わせる人もいるだろうし、創作者の自己言及としても読むこともできる。かつて何かに熱中したことがあり、今もまた漠然と夢の面影を追いかけているという人ならば、この一篇には無関心ではいられないはずだ。

 内容について踏み込んで紹介することはあえて避けるが、第三話「本作の登場人物はすべて」もぜひ読んでもらいたい。非常に読者を選ぶ内容である、ということだけは明記しておく。その中に出てくる「今のぼくはそれをなくしかけている。覚悟を見失いかけている」という独白は、創作を志す者、空想の世界に遊ぶことを好みながらその楽しみを忘れかけている者に対して投げかけられたものだと私は受け止めた。今立ち止まっている人に詠坂は聞いているのだ。それは単なるローディングなの、それとももうフリーズして終わってしまったの、と。

(杉江松恋)

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