ネット実名は強者の論理。まじめに論じる匿名のメリット

My Life in MIT Sloan

今回はLilacさんのブログ『My Life in MIT Sloan』からご寄稿いただきました。

ネット実名は強者の論理。まじめに論じる匿名のメリット

テレビで行われた対談がきっかけで、ネット上のコメントを実名で行うべきとする“ネット実名” or 匿名を認める“ネット匿名”が再燃している。

このページに、その対談の内容が記されていた。
さかなの目-デキビジ 勝間vsひろゆきを文字に起こしてみる。
http://d.hatena.ne.jp/wt5/20100503

私は、基本的には「ネット実名論」は強者の論理だと思っている。実名で語り、議論することがメリットになる人々の論理だ。(しかも、その大体がフリーランスや大学教授などで、実名でやることが自分を売ることにつながる)

いわゆる識者で“ネット実名”にこだわる人たちを見ていると、刑事事件の対象になるような脅迫行為や、法的手段に訴えるほどの誹謗(ひぼう)中傷事件を減らす目的で「実名」を主張している、というよりも(中にはそういう方もいるが)自身のブログなどで、匿名で卑怯(ひきょう)な中傷を書かれた経験などから、「匿名だからあんなヒドイコメントかけるんだ。実名にすればなくなるはず」という程度の素朴な論理から発しているように見える。

私も根拠なき中傷を笑って流せるほど良く出来た人間でもマッチョでもないので、気持ちはよく分かる。いわんや有名人であれば、その中傷の数たるや想像を絶するだろう(特に『Twitter』で人格攻撃を受けている有名人を見ると、あれはひどいと思う。誹謗(ひぼう)中傷をスルーすると、「何故誹謗(ひぼう)中傷はスルーするのか?」、ブロックしたら「この程度でブロックされた」など、めちゃくちゃである)。

あるいは、彼らは普段自分の肩書きや経歴から、強い発言力を持つのが普通になってるが、ネット上では、自分の価値が“その発言の価値”だけになってしまうことに慣れてない人もいるだろう(ま、それに慣れろ、というのは酷かもしれないが……)。

さて、私は、ネット匿名にはメリットがたくさんあると思っており、実名にしたい人、完全匿名にしたい人、私みたいに半匿名にする人、自由にやれば良いと思う。特に、割と好きなことはいえるが、発言内容に一貫性を持てる半匿名はメリットが多い。

1.メリットの一つに、匿名の議論は、普通の倫理観を持った人で行われれば、肩書きを気にせずに考え方、情報、批判を書くことが出来、非常に有意義になり得る。

例えば、私のこのブログには、匿名でかなり有意義なコメントをくれる方が良くいらっしゃる。内容から察するに、恐らく業界関係者の人もかなりいると思われるが、仮に実名にして、会社名などと結び付けるのを可能にしたら、彼等の発言を聞けなくなってしまうだろう。

書いている内容はどの方も、守秘義務のある内容の暴露話でも、会社の価値を損ねるものでもない。正論であっても、それが会社名や肩書きに結びつけれると、いろいろ面倒なのである。そういうことを気にせずに、気軽に思ってることを書ける匿名のメリットは大きい。

また、多少感情的な批判であっても、その根底に本質があることがあり、良く考えると、役に立つことがある。実名では、なかなか批判など出来ない。でも、人間なら、だれしもネガティブなことを考えたり、思ったりすることはある。それを、自分の実名に結びつけずに“ぽろっと”もらしてくれると、なるほどそういう風に思う人もいるのか、とこちらもわかり、それが本質的な問題に通じていることもある。

匿名であるが故のノイズもたくさんあるが、ノイズがある気軽な環境だからこそ、意味のある見解(シグナル)も出てきやすい。

実際には99%の方が良識のある方で、匿名でも節度を保ったコメントをする。たった1%の人のために、これらのメリットを放棄するのはやりすぎ、と思っている。後で書くように、別の方法で対処したいと思っている。

2.更に、ネット上で有意義で面白いコンテンツを作ってくれる人がたくさんいるが、あれも匿名だからこそ、だと思う。

例えば、この前はやった孫正義のライブの書き起こしとか、上で紹介したテレビの対談の書き起こしとか、なんかのパロディとか、2次創作的なものとか。これも実名なら、著作権の許可を取る必要か調べないと、などと思うだろうし、なかなか面倒で出来ない(注:著作権の侵害はいけませんが)。

芸術作品のような絵や映像も、匿名で、肩書きに結びつかないから、趣味で公開できる、という人もいるだろう。料理のレシピを紹介したいが、そんなのご近所で有名になりたくない、という人も、気軽に公開できる。

そういう匿名だからこそ作られたコンテンツが、ネット上のコミュニケーションを豊かにしてる価値を、私は見過ごしたくない。

3.最後に、最初に書いた「ネット実名は強者の論理だ」という点について。

ネット実名派の方には、例えば「ただの会社員なのに、実名公開しても意味ないんです」に対して、「意味ないなら公開すればいい」と言ってしまう人がいる。これは、会社員ですらない人(たとえば学校も中退で、今はネット難民ワープワみたいな人)が、リアルだけでなく、ネットですら、その経歴により発言の価値を損なわれる可能性を想定してないのでは、と思う。

あるいは、今現在DVを受けているだとか、ブラックリストに載ってるだとか、何らかの理由で実名を出せない人が、そしてそういう人は得てして社会的にも弱者であるが、実名を強要したらネット上でまで言論の自由が奪われる弱者になってしまう、という問題に気づいていない可能性がある。

そしてそれを安易に支持する人たちは、恐らくネット上で、今やどれだけ人々のリテラシーが発達し、匿名によって意味のあるやりとりが行われているのか、をあまり知らず、ネット上では匿名で人を非難したり、問題ばかりが起こってると思っている人たちなのだろう。

私は、インターネットは、民主主義の補完ツールでもあって欲しいとずっと思っている。弱者の声はリアルでは“声なき声”になってしまうが、それをある程度拾えると思っている(もっとも、リアルでも、ネットでも弱者の人の声は拾えない)。だから、匿名でのコメントが可能で、リアルでの社会的弱者も強者と同様の発言力を持ちうる、ことを高く評価したい。普段このブログでは、政治的なことは一切書かないので、いきなり“民主主義”とか言われたら皆さん面食らうと思うが(笑)。

このように、匿名や半匿名には色んなメリットがあるのだが、一部にこれを悪用して、悪質な誹謗(ひぼう)中傷など問題を引き起こす人はおり、そのコストを、ブログ管理者や、誹謗(ひぼう)中傷を受けた被害者だけに支払わせるのは、フェアではない。そこで、ネット上の共通IDのようなもので、匿名だけど、一貫性を持たせる仕組みをつくろうという議論も昔からある。加えて、いざ法的な問題が起きたときは、コメント発信者のIPをトレース可能にするインフラを持たせるべきと。

こういうインフラを整えていくべき、というのは建設的な議論で、私も必要だと思っている。

古いが、2007年のCNETのこの記事(前編 *2 、後編 *3 )は割と良いまとめだと思う。この議論から3年経った今も、 IDのようなインフラをブログ事業者共通にする試みが、一部にしかないし、トレースの仕組みもほとんど出来ていないので、未だに価値がある議論。

*2:「ネットの書き込みにトレーサビリティは必要か–「ネットID」を識者が激論(前編)」 2007/09/12 『CNET Japan』
http://japan.cnet.com/special/media/story/0,2000056936,20348685,00.htm
*3:「ネットの書き込みにトレーサビリティは必要か–「ネットID」を識者が激論(後編)」 2007/09/20 『CNET Japan』
http://japan.cnet.com/special/media/story/0,2000056936,20355131-3,00.htm

こういった仕組みは、如何に法律と刑罰があっても犯罪を防げない、検挙できないのと同様で、問題を完全に無くすことは不可能だ。例えば、共通IDも複数持てば、同一人物が複数に成りすまして炎上させることは可能だし、IPもプロキシ使ったり、海外のネットカフェから書き込めば、トレースは非常に困難だ。

けれど「IPトレースして、検挙されました」ということが増えれば、安易な誹謗(ひぼう)中傷や違法行為は少なくなるだろう。それだけでも、だいぶネット上の“治安”が良くなるだろう。

全体のネット上のマナーやリテラシーを上げることも重要。マナーについては、感覚的には10年前に比べて大分上がってきたように思える。10年前のネットは、駅前に自転車が違法駐車してあると、普通の善良な市民も違法駐車を始めたり、その自転車のかごにごみが捨ててあると、皆捨てる、のと同じ状況だった。今はそういうことをする人がまれになり、全体のマナーが上がったのだと思う。

リテラシーに関して言うと、多くの人が、ある人が発信する情報の意義や信用性を、実名か、匿名かで判断していると思う。

例えば、

実名で、経歴、一貫した発言が明らか > 匿名だが、経歴があり、一貫した発言がある(半匿名) > 匿名で、経歴は不明だが、一貫した発言がある > 完全匿名で、全て不明

のように、発信される情報自体の内容に加え、これらメタ情報をつかって、ある程度その情報の価値を判断できるだから、「匿名で誹謗(ひぼう)中傷する」は、情報に信頼度がないとみなされ、また卑怯(ひきょう)という理由で他の人に削除・無視されるようになってきた。昔のように匿名で誹謗(ひぼう)中傷を書いたものが放置され、名誉毀損裁判に発展、と言うことも減ってきたと思う。

以上まとめると、ネット匿名には次のメリットがある。

 - 匿名だからこそ書き込める有意義な情報を得ることが出来るし、聞ける本音(ネガティブな思いも含め)もあり、それが本質を突いた議論に発展できる
 - 匿名だからこそ、ネット上に様々なコンテンツが現れ、コミュニケーションが豊かになっている
 - リアルでは“声なき”社会的弱者も、強者と同列に議論に参加できる(ただ、全ての弱者は拾えない)

けれど、一部にその匿名性を悪用して、法的に問題があるレベルの誹謗(ひぼう)中傷などを行ったり、悪質に執拗(しつよう)に小さい中傷を繰り返す人がいる。これを出来る限り防ぐためのインフラは整っている方が良い。そういうのをちゃんと普及してくってのが、マナーの向上にも役に立つわけだし。

そして、実名(経歴アリ) > 半匿名 > 完全匿名 のように、みんな情報判断するリテラシーを身につけてるんだから、“匿名・実名”、だんだん問題なくなってるんじゃないか、と私は見ている。

執筆: この記事はLilacさんのブログ『My Life in MIT Sloan』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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