iPhone OS 4にみる、アップル本気の『どくさいスイッチ』
注目のiPhone OS 4 の発表から読み取れるアップルの戦略について、MobileHackerzさんのブログ『MobileHackerz再起動日記』からご寄稿いただきました。
iPhone OS 4にみる、アップル本気の『どくさいスイッチ』
日本時間2010年4月9日午前2時すぎ、iPhone OS 4が発表されました。このOSは『iPhone』の今後を占う意味で非常に重要なものと思います。
ユーザ視点からはマルチタスクが目を引きますが、そういった“機能拡張”という方向のいわば順当なバージョンアップにとどまらず、このOSにはアップルのプラットフォーム戦略が色濃くあらわれています。ひとことで言うと“猛烈な囲い込み”。それはある意味『ドラえもん』に登場した『どくさいスイッチ』的な激しさで。
iPhone OS 4ではさまざまな新機能が発表されましたが、なかでも『iAd』機能からアップルの姿勢を読み解くことができます。
『iAd』はiPhoneアプリケーション内に広告を配信するシステムで、HTML5で記述したバナー+広告アプリケーションをiPhoneアプリケーションに埋め込むことが可能となるものです。
以前、アップルのスティーブ・ジョブズ氏はGoogleの携帯電話事業参入に際して
——
「我々は検索ビジネスに参入していないのに、奴らは電話ビジネスへと参入してきた。」*1
——
*1:「新たな「シリコンバレーの戦い」に突入したAppleとGoogle」 2010.03.15 Junya Suzuki 『マイコミジャーナル』
http://journal.mycom.co.jp/articles/2010/03/15/apple_google/
と語ったそうですが、実際のところGoogle のメインの収益源は検索というよりもその上のオンライン広告です。Googleの『AdSense/AdWords』というキーワード広告・コンテクストマッチ広告はGoogleの収益源のほとんどを占めており、それは言い換えれば「Googleは世界最大の検索事業者である以上に、世界最大のオンライン広告代理店である」ことを示します。
そして、『iAd』ではアップルが広告の代理店として機能する……つまり、アップルはここでついに「Googleの領分」に一歩踏み込みました。とうとう「奴ら」のビジネスへ参入したのです。さらに、GoogleはAdMobという会社を買収し、iPhoneアプリへの広告を手中にしたところでした。
広告ビジネスは、その枠組を作るだけでは機能しません。露出する媒体(=『iAd』を組み込んだiPhoneアプリ)だけではなく、その量に応じて広告を出稿するクライアント(顧客)も必要なのです。オンラインのコンテクストマッチ広告はいろいろな業者が参入している分野でもありますが、その中で飛び抜けてGoogleが強いのも実はここ。既に広告を出稿している膨大なクライアントがいるから「広告枠に広告が表示される」し、「広告があるから広告枠(露出)も増える」という循環がまわっているのが強みなのです。
『iAd』では、HTML5によるインタラクティブな広告を埋め込むことができる……とされています。それは言い換えればiPhone用にコストをかけて広告を作り込む必要があるということでもあります。今後『iAd』を埋め込むアプリ作者はどんどん出てくると思いますが、それに見合うだけの広告出稿者が出てくるかどうか。『iAd』の成否はここにかかっていると思います。
……というところまでは当然アップルも想定していることだと思うのですが、そこで「『iAd』の運営を自社でやる」と決定したことが興味深いところです。広告代理店業務はアップルにしてみれば門外漢のビジネスのはず。AdMob(=Google) やトラフィックゲートなどの既存の広告プラットフォーム *2 には既に顧客がついているはずですが、それをリセットして顧客をゼロから集めなければいけないのは当然リスクです。が、そのリスクを負ってでもプラットフォームを自社で構築する、というのが実にアップルらしい判断だと思います。
*2:「iPhoneアプリに広告を挿入してガッチリもうけるのだ」 2009.11.16 山崎潤一郎 『アットマーク・アイティ』
http://www.atmarkit.co.jp/fnetwork/column/narumono36/01.html
ほかにも『Game Center』機能にも同等の姿勢が見て取れます。これはXBoxでいう『XBox Live』、PlayStationでいう『PlayStation Network』に相当する、ゲーム向けのコミュニティ・ネットワークサービスをアップルが提供する、というものです。これも既に同等の機能をもったアプリケーションやプラットフォームがサードパーティから出ている上で、自社提供するという決定をしたわけです。
そしてトドメとも言えるアップルの強行姿勢があらわれているのが、「iPhone OS 4からのデベロッパ規約の変更」です。『iPhone』のSDKをダウンロードする際に同意しなければならないデベロッパ向けの規約があるのですが、それがiPhone OS 4から変更されました。
3.3.1:Applications may only use Documented APIs in the manner prescribed by Apple and must not use or call any private APIs.
これが以下のように変更されています。
3.3.1:Applications may only use Documented APIs in the manner prescribed by Apple and must not use or call any private APIs. Applications must be originally written in Objective-C, C, C++, or JavaScript as executed by the iPhone OS WebKit engine, and only code written in C, C++, and Objective-C may compile and directly link against the Documented APIs (e.g., Applications that link to Documented APIs through an intermediary translation or compatibility layer or tool are prohibited).
従来の規約では「APIは決められた通りに呼び出し、非公開のAPIは使ってはならない」というものだったのが、それに加えて開発するための言語まで規定されました。これは、明確な“Flashつぶし”となります。
『iPhone/iPad』のブラウザではAdobe Flashコンテンツは再生することができません。当初これは技術的な問題だと思われていたのですが、その後明確に(明示的に)「Flashを搭載しない」という政治的判断であることがあきらかにされました。「Flashはよく落ちる」「セキュリティ上の問題がある」「HTML5で代替可能」というのがその理由とされています(当然それだけの理由ではなく、プラットフォームをコントロールする立場の強化のためだと見られています)。
また、『iPhone』のSDKでは、インストールしたアプリケーションの上で別のコードを実行すること(インタプリタや中間コード、仮想マシンのようなもの)を禁じており、そのためたとえばFlashを独自のアプリケーションとして実装することも難しいとされていました(ちなみに、『iPhone/iPad』のアプリでいわゆる「エミュ」がないのもこれが理由です)。この規制は「独自のコードを実行されるとセキュリティ上の問題が出る」というのが表向きの理由とされています。
しかしFlashをメインのプラットフォームとしている開発者コミュニティは一定以上の規模がありますし、「やだ」と言われて黙っているAdobeでもありません。Adobeは想定外の方法で、Flashを『iPhone』に対応させてきました。つまり、「ブラウザでFlashを再生することはかなわない」「『Flashを再生する』アプリケーションを作ることも規約上無理」ならば、「Flashをアプリケーションそのものに変換してしまえ」。
この『Packager for iPhone』というFlashのiPhoneアプリケーション変換機能は当然Flash開発者コミュニティで歓迎され、日本時間で4月13日午前 0時に発表される『Adobe Flash Professional CS5』から搭載される予定でした。ところが、そういった「Flash(ActionScript) から変換して開発すること」までもを先に禁じてしまったのがこの規約の変更点、というわけです。
率直に言って、この規約の変更に「(表向きの)理由」を読み取ることができません。“Flashつぶし”以外の理由はないように思えます。そして「なぜ Flashをつぶしたいのか」というと、アップルが目指す「HTML5普及の障害になるから」ではないでしょうか。
これらの施策に共通するのは「アップルは、自社製品の周辺でビジネスすることについてパートナーの利害よりも自社のビジョンを優先する。自社のビジョンに邪魔だと感じたらサードパーティはあっさりと切り捨てる」という姿勢です。もちろんどの会社にも多少なりともあることではありますが、アップルの場合は特に鮮烈。そして実はこれは今にはじまったことではなく、かなり昔からのアップルの(ジョブズ氏の?)カルチャーでもあります。
最近では『セカイカメラ』が一時配信停止になった *3 り、セクシャルなアプリケーションが突然一斉削除された *4 りといった事件が思い出されますが、そのほかにも『iPhone』上のビデオストリーミングに対する規約変更、古くはマッキントッシュ互換機(OSライセンス)の突然の撤回とか、マック販売店のパートナー契約に関する問題とかさまざまな例があります。かといって、その姿勢を悪いと断じているわけではなく、おおくはその強行された「アップルのビジョン」に対して世間が後からついてくる…という結果になっています。
たとえば初代『iMac』が発表された時、アップルはキーボードやマウスに当時まだそれほど一般的ではなかったUSBを採用するだけでなく、それまでの Macで使われていたポートを廃止しました。当然Macの周辺ハードウェアを作っていたサードパーティはあわてましたが、結果として(異論はあるとは思いますが、私の個人的な実感として)それがUSBの普及を急速にドライブしたと思います。そしてそれが今の「とりあえずUSBがあれば何でもできる」という世の中へつながっているわけです。
*3:「App Storeで一部の位置情報系アプリが配信停止か」2010.03.04 『ITmedia プロフェッショナル モバイル』
http://www.itmedia.co.jp/promobile/articles/1003/04/news051.html
*4:「iTunesから“セクシー系iPhoneアプリ”が消え去った――ただし電子コミックは除く?」2010.02.23 『ITmedia +D モバイル』
http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/1002/23/news084.html
『iPhone/iPad』は、明確にアップルのビジョンを実現するための製品です。
だからこそ(アップルのビジョンへの期待も込めて)“共感を産む”製品となっているのだと思います。
なので、その“アップルのビジョン”に対してブレない、アップルのレールからはみ出さない自信のあるサードパーティにとっては今後もとても心地よい環境が提供されていくでしょう。が、“アップルのビジョン”のレールからはみ出そうとするものは、前フリなしで容赦なく切られる。その姿勢をあらためて明確に表現したのが、今回のiPhone OS 4と言えると思います。ドラえもんの『どくさいスイッチ』は「独裁者をこらしめるための道具だった」というオチでしたが、はたしてアップルはこの姿勢を貫き通し理想の世界にたどりつけるでしょうか。
……しかし、ヤラれてしまったAdobeは次にどう出ますか。
個人的には「規約上Objective-C,C,C++からコンパイルしなきゃいけないんだな?じゃあやってやるよ!」とか言ってFlashからメニュー一発でソースコードを書き出してから自動的にコンパイルするような「午後のこ~だ方式」*5 を実装してくれちゃったりするとバトルの行方が楽しみだったりするのですが。ムリかなあ。(どのみち「intermediary translation or compatibility layer or tool are prohibited」を回避するのが難しそうではありますが)
*5:『午後のこ~だ』というフリーソフトウェアは、特許ライセンスを回避するため「研究用のソースコード配布だ」という形式でソースコードを配布している。が、インストーラをワンクリックするだけでソースコードだけでなくコンパイル環境も自動的に展開され、インストーラ上でそのまま自動的にコンパイルされインストールされる。たしかにソースコードでは配布しているのだけれども、利用者がそれを意識することなくバイナリが利用できる。
執筆: この記事はMobileHackerzさんのブログ『MobileHackerz再起動日記』からご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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